御開帳の冷徹

善光寺

勤務先用に書いたものの転載です。


ここは地獄。閻魔大王が亡者に与える罰を決めるためにお裁きをしておられます。
閻魔大王にはとても優秀な補佐官がいるということが最近判明したようでございますな。

冒頭掲載したお写真は江戸末期から明治にかけてご活躍された河鍋暁斎という方が描かれた浮世絵ですが、真ん中がご存知閻魔大王。その右にいる青いひとが補佐官です。

閻魔 「補佐官くーん、なんか最近ヒマじゃない?亡者の数がすくないような気がするんだけど」
補佐官「そうですか?あなたは裁判しかしてないのでヒマかもしれませんが、わたしは地獄の各272部署からあがってくる問題に対処する日々なので、あなたのようにヒマじゃないんですよ。結構なことじゃないですか」
閻魔 「あいかわらずトゲがあるねえ。なんだったらなにか手伝おうか?」
補佐官「結構です。あなたに手伝われたら仕事の量がかえって増えてしまいますから」

獄卒「補佐官さまーっ」
補佐官「なんですか騒々しい」
獄卒「現世の、し、信濃の、善光寺というところで!!」
補佐官「未成年が遠隔操縦するドロイドと情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースの異能バトルでもありましたか」
獄卒「あーなんか微妙にそれぞれ惜しいですね。ていうか詳しいですね」
白澤(はくたく)「ああ、御開帳だろう?数えの7年に1度、お祭りをやっているんだよ」

hakutaku

補佐官「あなたがなんでこんなところにいるんですか妖怪変化の分際で。天国で薬を作る仕事はどうしたんですか」
白澤「最近天国にくる亡者がやたら多くてね。あんまりにも混み合ってるんで避難してきたのさ」
閻魔白澤くんは中国のご神獣なのになんで信濃の善光寺のお祭りなんか知っているんだい?」
白澤「いやなに、少し前に休暇で善光寺の近くの戸隠と いうところに逗留していたことがありましてね。吉永小百合のようなオトナ美人がいるんじゃないかと思いまして。その時に戸隠山の天狗やタヌキに薬の作り方 を伝授してやっていたことがあったのですよ。わたしは誰かさんと違って基本的に親切なのです。戸隠神社も実は数え7年に1度、善光寺と同じ年におまつりを やるんです。善光寺と戸隠は縁浅からぬところなのですよ」
補佐官「あなたが戸隠で遊びほうけていた頃にはまだ吉永小百合さんはお生まれになっていないと思いますが。それにしてもあなたからためになるおはなしをされるのはとても腹立たしいですね。いや個人的感想ですが」
白澤「相変わらずひねくれた野郎だな」
閻魔「それにしても地獄は最近ヒマなのに、なんで天国にはそんなにたくさん人がいるの?」
獄卒「それですよ!実は最近閻魔大王様のお裁きを受けていないのにもかかわらず、極楽浄土に直行する亡者が増えているそうなのです!」
閻魔「えええっそんなあ。それじゃワシいらないじゃない」
白澤「ああ、そりゃ善光寺の御印文だな」
閻魔「え?なにそれ」
白澤「善光寺で御開帳の期間だけですが、善光寺の坊主が参拝者のおでこに御印文というハンコを押してくれるんですよ。そうしてもらうと無条件で極楽浄土に行けるようになる」
閻魔「ええっそんなはなしきいてないよ!ヒドイじゃない!!」
白澤「え?そうなんですか?閻魔大王の像の真ん前でやっていたので当然ご存知だと思っていましたよ」
閻魔「この前天国との合同ミーティングでもそんな連絡事項なかったよねえ?補佐官くん」
補佐官「善光寺様はどの仏教宗派にも属しておられませんから、会合にはご出席されていなかったのですよ。まあ数え7年ごとのいつものことだし、そもそも理屈っぽくてめんどくさい信州人に関わるのもアレだしで、天国側も周知の必要ナシと思っているんじゃないですか?」
閻魔「ひどぉーい!せめてワシにひとことあってもいいのに!ていうかあれ?補佐官くんは知ってたの?」
補佐官「当然知っていますよ、一般常識として。こんなニヤけたヤツにきくまでもなく」
閻魔「ええっなんで教えてくれなかったのお!」
補佐官「まさかわたしもこの程度のことをご存じないとは思いませんでしたよ。それにせいぜい数え7年に1度のことですからね、地獄各所のメンテナンスをするにもちょうどいいんですよ。はぐれものとはいえ仏のやることですから間違いというわけではないでしょう」
閻魔「それじゃワシはどうなるのよ!アイデンティティ崩壊だよ!」
補佐官「チッ余計なことを言ってくれましたね」
白澤「わたしはしらないよ。君の上司だろう?なんとかしたまえ」
閻魔「それじゃ免罪符じゃないの!断固抗議するよ!ルターさんばりに抗議するよ!プロテスタぁーーント!」
補佐官「やれやれ、うるさいデブですね。その上必死で見苦しい。」
閻魔「それ単に悪口じゃない…」
補佐官「それではこうしましょう。ここは地獄ですから悪人が腐るほどいます。その中でも特に盗みのうまい者を黒縄地獄から見繕って、その御印文を盗んできてもらいましょう」
閻魔「ええっいいのかいそんなことして??」
補佐官「じゃあやめましょう。別にわたしがやりたいわけじゃないですから」
閻魔「ぜ、是非お願いします!!」
獄卒「どっちが上司かわかりませんね、いつものことながら」
補佐官「そうですね、バレたらめんどくさいのは確かですから、とびきり腕の良い方に…石川五右衛門さんなんかどうですかね」
閻魔「お!いいね五エ門!またつまらぬものを盗ってしまった!!」
白澤「なんか世代がごっちゃになってますよ」
補佐官「じゃあ早速呼んできてください。どうせ血の池地獄で五右衛門風呂にでも浸かっているでしょうから」

獄卒「つれてまいりましたあっ!」
五右衛門「あ、かっちけねぇかっちけねぇ!」
白澤「…補佐官くん、わたしは中国の出なんでこのひとのことよく知らないんだけど、彼はなんでこんな大見得切ってるんだい?」
補佐官「石川五右衛門さんは天下の大泥棒と現世で言われた方なのですが、大衆人気がありましてね。歌舞伎などの芝居の演目によくなるのです」
白澤「それで本人まで芝居がかっちゃったのかい?」
五右衛門「あ、かっちけねぇかっちけねぇ!」
白澤「ええい、野太い腕を振り回すな暑苦しい!」
閻魔「いいねいいね、なかなか頼りになりそうだね!」
補佐官「まあおつむのデキは大王とどっこいどっこいでしょうが、くさっても大泥棒、わけなく盗みだすことでしょう」
閻魔「またさらっとなにか言ったよね?」
補佐官「それでは五右衛門さん、よろしくおねがいします!」
五右衛門「あ、かっちけねぇかっちけねぇ!」

というわけで天下の大泥棒石川五右衛門、現世にやってまいりまして夜になるのを待ちます。

今回の御開帳でははじめて夜間に回向柱のライトアップをおこなっておりますので、夜もお参りのお客さまがたくさんいらっしゃいます。

最近すっかり芝居がかっている五右衛門ですので、ほんとはお客さんのいるところで「かっちけねぇかっちけねぇ!」とやりたいのですが、それでは泥棒になりません。ぐっとこらえてライトが落ちるのを待ちます。

ライトも落ちてあたり真っ暗。公式USTREAM中継も真っ黒でなんだかわからなくなったことをスマホで確認いたしまして、石川五右衛門、善光寺さんに忍び込みまして、御印文の3つのハンコを盗むなんてのは造作も無いことでございます。

どうだ参ったか!と思うものの、誰も褒めてくれる者はおりません。当たり前ですね、見てる人いませんから。誰かみてたら泥棒にならないわけで。

そうはいってもすっかり歌舞伎役者気分の五右衛門ですから、せめて見得のひとつもきりたいと思ったわけです。あんまり大きい声出すと24時間公式USTREAM中継で世界中に聴こえてしまうのですが。

それでも我慢できずに大見得を切ってしまいます。
「あ、かっちけねぇかっちけねぇ」

顔を45度に傾けまして目は寄り目。左腕を曲げて後方から上へあげ、3つのハンコを持った右腕も曲げて前方に。ちょうど右手をおでこの前あたりにかざす感じで。

その時。

ついうっかり。

ポン!と、3つのハンコで自分のおでこに御印文を押してしまします。

「あ、かっちけねぇかっちけねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

石川五右衛門、もともと亡者ですから、そのまま真っすぐ天国の極楽浄土に吸い込まれてしまいました。

閻魔「五右衛門くん遅いねえ、どうしたのかな」
補佐官「まあいいじゃないですか。善光寺の御開帳も今月いっぱいで終わりですし」
閻魔「今月いっぱいってもう何日もないじゃない。え?じゃあなんで五右衛門くんに行ってもらったの?」
補佐官「なあに暇つぶしですよ」
閻魔「やっぱり補佐官くんもヒマだったのかい?」
補佐官「来週からまた忙しくなりますよ」

古典落語『お血脈』でございました。

今回の御開帳特集、これまで。

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