www.matchy.net http://www.matchy.net Most recent posts at www.matchy.net posterous.com Mon, 23 Jan 2012 05:55:00 -0800 食べログ騒動に思う、ありがとうと言うハナシ http://www.matchy.net/95684702 http://www.matchy.net/95684702

食べログサクラ騒動

昨年のお正月にはグルーポンのスカスカおせち騒動というのがあったが、今年は食べログでの悪質なやらせ騒動からはじまった。もう1月も終わろうというのに今更その話題かよと言われるかもしれないが。

カカクコム社によるプレスリリース

これは不正が発覚したので厳正に対処するというハナシである。これを言ったら身も蓋もないかもしれないが、そもそもメディアを使ったプロモーションをするときにはサクラはつきものである。

サクラというのは、春に花見で桜を見るのはタダだというのが語源で、芝居等をタダで見る代わりに、要所要所で掛け声をかけたりして場を盛り上げる役をやるお客のことである。これはある意味最近流行りのフリーミアムの昔からある1つのカタチといえないことはないし、Twitter 割引なんてのも割り引いてもらった代わりに思わず Twitter で宣伝してあげたくなっちゃうわけで、同じようなことである。

そういう理想的・自発的サクラだけでなく、客席にあらかじめ「仕込み」の客がいることで、演し物を円滑にすすめるためにお客を演じるというケースも多々ある。特にマジックショーではよくあることだろう。

つまり、サクラというのは必ずしも悪いものではない。

今回のカカクコム社が発表したのは、これらとは違って明白に悪質な行為を行なっている業者を発見したので、その行動開始が早かったのか遅かったのかは僕の知る由もないが、正しい方向に進むことを宣言されたわけで、褒められこそすれ貶すようなことではないと思う。

どういうわけか、イマドキはそういう正しい人に対しても、ネガティブなことがあったら周りで指をさして晒し上げるような風潮があるようで心が寒くなるばかりであるが。

2度と行かねぇ!

飲食店というのはほんと大変だよなーと思う。正直僕のような小心者がやるのはムリだろうなと思うばかりであるが。

よく、「あのお店には2度と行かない!」なんて会話をきいたり、ついついしてしまったりする。

飲食店の場合は、どれだけ料理やサービスに気を使っても、たまたま隣に座ったお客の態度が悪くていやな思いをしたとかであっても、充分に悪い印象を残すことになるわけで、「2度と行かねぇ!」とまでは言わなくても、自然と足が遠のいてしまったりする。お店側にはなんの問題はなくともだ。

新規にオープンしたお店なんかに行くと、ふんふん、このお店の味はあたしの好みじゃないわよねなんつって、「うーん、早速行ってみたけどあたしの好みじゃなかったわ」などとしたり顔で言いたくなってしまいがちだが (なぜオネェ言葉w)、新しいお店はもちろん方向性にブレが出るのは当然なわけで、仮に開店初日に行ってみて好みでなかったなーと思っても、3ヶ月ぐらいしてもう1度行ってみると随分印象が変わっていたりする。

そして、何度も通っているうちに、そのお店が目指している味の方向性や、お店の方々の人柄というかキャラクター的なこともわかってきて、とても居心地の良いお店になるということもある。たいてい「おなじみの店」というのは、そうやって自分がそこに慣れていくことが多いのではないかと僕は思うのだが。

サービスは受けるほうがえらい?

よくわからないけれども、お金を払うひとはお金を受け取るひとよりエラそうにしていることが多いような気がする。それがお客様本位なのか、おもてなしの心なのか、僕にはよくわからないのだけれども。

最近はネットを中心にフリーなサービスというものが多く出てきているわけで、それこそ上記食べログだって基本は無料で提供されているサービスである。それを利用していて、「おい食べログもっとしっかりしろよ」みたいな感じになってしまっているのは不思議なことだ。

そもそも、お金を受け取るほうも、それと等価な、いや場合によってはそれ以上の品物、食物、サービスを提供しているのであって、立場はまったく同等なのである。自分はお客サマなんだから、サービス提供者より目上であるなどということはないと思うのだけれども。

ありがとう

お店でなにか買ったり食べたりして、お金を払うと、お店のひとは「ありがとうございました」と僕に言う。その時、僕もお店のひとに「ありがとうございました」「ごちそうさまでした」というようにしている。

これ、たまに出張で行く都心のお店ではそんなことないけれども、地元長野県の飲食店 (特にチェーン店やフランチャイズのお店) やコンビニなんかだと、面食らったり戸惑った顔をされる店員さんがとても多くて楽しい。たぶん、めったにそんなこと言われなかったり、ご自分もお客になったときにはそんなことをおっしゃっていないのではないだろうか。

自分はお金を払っているけれども、どちらかというとカネで解決した卑しい立場で、対価としてサービスを提供している人のほうが気高いのかもしれない。いや、それは極端だけれども、サービスを受けている方がエラいなんてことはないと僕は思うのだけれども。

そんなわけで、確かに悪質なやらせとかよくないし、高い評価づけの話題のお店を選択するのもいいけれども、いつものお店で「ありがとう」って言ってみたら、なにか変わるかもしれないよと。生意気なことを思ってみるのであった。

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Sun, 15 Jan 2012 08:56:00 -0800 1月も半ばを過ぎて http://www.matchy.net/1 http://www.matchy.net/1

早いもんで2012年明けてもう半月たっちゃいましたけどね。

昨年はやっぱなんだかんだ言って震災とか原発とか自分にとっていろいろショックだったみたい。それから、やはしスティーブ・ジョブズとか、立川談志とか、リスペクトしていたりそこまででなくてもなんらかの影響を受けていたひとが次々亡くなったというのもショックだった。まあ今年40歳なんで、そういう歳周りというか、自分がトシをとったということなのだろうけれども。

そういう意味で、rei harakami さんが亡くなったのはかなりショックだった。彼が創る音楽のファンだったけれども、昨年前半ではいろいろなメディアに登場されて、しゃべりとか含めて彼のキャラクターもとても面白いのだなあと思っていた矢先だったし。年齢も僕よりまだ1つ上だったし。

というわけで、なんだかいろんなことにやる気を失ってしまっていた1年間だったように思う。

特に、その少し前まで、ソーシャルネットワーク的なことを利用して、人との交流的なことをすることにちょっと力を入れていたのだけれども、それもイヤになったというか、あまり良い効果は出なかったなあというのが自分なりの結論であったりする。

というわけで、今年は内側にこもって、自分としていろいろなことに成果物をちゃんと出していくようにしたいなと思うのあった。世の中的なところも、多分そういう方行に今後数年間は進んでいくのではないかなと思ったりするのであった。

....うん、と言いつつ、なにも出ないまま既に半月たってしまったという現実(汗。

えーと、がんばろ...

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http://files.posterous.com/user_profile_pics/1020921/pico.jpg http://posterous.com/users/4aGe7y1kU8rn MACHIDA Hideki matchy MACHIDA Hideki
Fri, 09 Sep 2011 08:12:00 -0700 死なないために生きている http://www.matchy.net/69296280 http://www.matchy.net/69296280
9月10日は自殺予防デーだそうだ。
人口10万人あたりの自殺者数ランキングで日本は5位なんだそうで、警察庁の資料によると平成22年の自殺者数は 31,690 人。

同じく警察庁が今年9月8日に発表した資料によると、東日本大震災での現時点で確認されている亡くなった方の数が 15,776 人。行方不明の方が 4,225 人。足してはイカン気がするけど(汗)、えいやと足してしまっても 20,001 人。昨年自殺した人のほうがまだ 10,000 人以上も多いことになるわけで、これはただごとではない事態である。

あまり明るいハナシではなくて恐縮だけれども、じゃあなぜ死んではイカンのかということについて、僕なりの解釈の話をしてみたい。

「人が死んだらどうなるのか」というのは、人類の大きな命題である。なんてことをよくきくし、死について真剣に考えるのは良いことだなんて話をよく聞くのだけれども。

簡単なことだ。人が死んだら死骸になるのである。

人の意識は脳を中心とした肉体の化学反応によって生まれる。らしい。大脳生理学だかなんだかで、そういう。らしい。良く知らないが。だとしたら、肉体がなければそもそも意識などというものは存在しないのであり、肉体と意識は不可分だ。

仮に、意識というものが肉体とは別に存在するとしてみよう。

人の意識をソフトウェア、肉体をハードウェアとして例えてみる。
ハードウェアが動作不能にまで壊れたとしても、ソフトウェアを別のハードウェアにコピーすればまだ動くかもしれない。
しかし、そのソフトはそのハード専用のものであり、他のハードでは動かない。この世界にまったく同じ人が2人以上いないからだ。
やはり、ハードが壊れればともにソフトも失われるのである。

日本人は他の国の人に比べて信仰心が薄いなどという。
でも、「人が死んだら霊になる」と漠然と信じているひとは驚くほど多い。

「霊」とはなんなのか。たぶん、液体のようなものなのではないか。
容器である肉体が壊れてしまったら、それは流れだし、やがて蒸発して、雲の1部になる。

その集合体の雲を、日本では「ご先祖様」と呼んでいたのではなかったろうか。
その証拠に、江戸時代の浮世絵に描かれる「幽霊」はみんな同じような顔をしているではないか。
かつて「ご先祖」や「幽霊」とは、特定の誰かを示す言葉ではなかったのではないだろうか。
もしそうなら、日本の祖霊信仰はクラウド指向だったのである (ドヤ顔)。

メガネをかければメガネをかけた感触がある。はずせばなくなる。あるものがなくなれば、それはなくなる。
個人が個人でいられるのは、生きてその肉体があるときだけだ。

死んだあとには残るのは死骸だけである。

死骸は物体であり、ごみである。しかもかなり醜い。
なにかの物語で「きれいな顔してるだろ?死んでるんだぜ」などというセリフがあったが、どんな生物であっても残念ながら死骸はやはり醜いのだ。
冷凍したり血抜きしたりしない限りどんどん腐敗していく困った物体である。

話しは変わるが、アラフォーの中年男性ともなると、なかなか清潔でいるのは難しくなってくる。
自分の好むと好まざるにかかわらず、ちょっと油断するとあっさり不潔なオッサンのできあがりである。

というわけで、自分は生きているのにもかかわらず、なかなか困った肉体を持て余している。

もし、僕が死んでしまったら。

自分の、さらに醜くなった死骸を誰かの目に晒し、あろうことか自分でない誰かにそれを片づけてもらわなければならない。

おぞましいことである。
自分の大事な家族や友人にそんなことを託すなんて冗談じゃない。
そんなことは死んでもいやだ。いや、死んでからそうなるのか...。

死んだ後に何かがあるわけではない。何もない。そこにはただただ醜い死骸が残るだけだ。
だから、死んではいけないのだ。

仏教のお坊さんは「生に執着してはいけない」と言うかもしれない。
しかし、死んだあとには何もない。少なくとも自分という個人ではなくなるのである。
仏教文化の中でもいろいろと物語は作られているが、仏教のおおもとであるインド哲学は死んだら輪廻転生して別の存在になるのであって、やはり現在の自分個人ではいられないのである。

希望も絶望もまったく関係ない。自分の気持ちがわかってくれる人がいるかどうかすら関係ない。
生きていたいか、死にたいかすら関係ない。
死んだあとの自分の醜い死骸を自分自身で始末できない以上、生きている限りは生きてい続けなければならない。

だから、死んじゃいけないんだ。

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http://files.posterous.com/user_profile_pics/1020921/pico.jpg http://posterous.com/users/4aGe7y1kU8rn MACHIDA Hideki matchy MACHIDA Hideki
Thu, 08 Sep 2011 09:26:00 -0700 とくに、なにもなかった http://www.matchy.net/69115644 http://www.matchy.net/69115644

ザ・インタビューズというサイトがあって、ソーシャル界隈でなんかはやってるので、試しに答えてみた。このへん。 なんか、真面目に書きすぎた。読んだヒトどんビキみたいな感じだ。でも、どうやらそういうサービスみたいなのでそれはそれでいいのかもしれない。

特にこのインタビューに答えてみて、思うところがあった→「どんな学生時代でしたか?思い出話などを聞かせてください

自分自身は、中学生時代が無茶苦茶楽しかったと思っていた。しかし、昨年久々に開かれた同級会に行ってみたら、なにが楽しかったのかほとんど覚えていなかった。それどころか、そこにいるかつての同級生達を、実はほとんど思い出せなかった。

相手は僕のことを覚えているのに、僕は相手の名前も思い出せない。自分が覚えていない僕のことを相手は知っているというのに。恐ろしいことだと思った。

数年前まで、一緒に仕事をしたひとに「町田さんってものすごい記憶力ですね」と何度か、何人かに言われたことがある。でもそれは本当はウソで、僕自身はなるべく「覚えない」ようにしていた。そのかわり、「思い出すきっかけになるもの」と、調べればわかるものは「調べ方」だけ覚えておくことにした。こうすることで、1つ1つの記憶は正確ではないけれども、多くのことを思い出すことができた。たぶんこれはプログラミングを仕事にしていたのと、それに加えて中間管理職だったからだと今にしてみれば思う。

つまり、本当は「ものすごく忘れる」ようにしていたのである。

最近、なんとなくそのたがが外れてしまって、ほとんどのことを忘れてしまったままになっていてちょっと困っていたりする(汗)。ひとには言えない年齢のときから喫っていたタバコを1年半前にぱったりとやめたことも少なからず影響しているのかもしれない。

そんなときに、上述の同級会の体験をしておどろいた。本当に思い出らしきものもあまりないようだ。

でも、思い出したいと思うことも特にない。「忘れようとしても思い出せない」というバカボンパパのセリフそのままで、なんだか自分で呆れたけれども。

なんかいいトシになってきて、中年となった最近、当然のことながら若いときより体力ないし、上述のようにどうもアタマの調子も悪いし、怪我や病気をするとすぐ重くなるし、あちゃー、なんか、もう無限に生きてるわけじゃないんだなと。明日死ぬかもしれないし、40年先かもしれない。でもそれは自分が子供の頃と何も条件は変わっていない。でも、子供の頃よりある程度実感が出てきた。

つまり、思い出もなければ先もない。過去も未来もない。と、思ったら、なんかすげー楽な気分になった。

「今」をちゃんとしとけばいいんだなぁと。

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Fri, 05 Aug 2011 06:35:00 -0700 一連の韓流批判で特に気に食わないこと http://www.matchy.net/64029321 http://www.matchy.net/64029321

例の一連の騒動で、いちばん理解できないのがこのBlog記事。

【事実に基づく真相 : 高岡蒼甫 本人ブログ】
http://blog.livedoor.jp/tkok_sosk_8228/archives/52293253.html

鬱だったとか自傷行為経験があるとか、それはそれは大変だっただろうけど、それとこれとどういう関係があるんだっつーこと。

病気することは大変だし、治ったのならそれは素晴らしいことだけど、だからってそれがなにかの言い訳になるわけじゃないだろう?

「実は僕は鬱でした」なんて公言するひとが少なからずいるけれど、なにかそれは特別なことだとでも言うのだろうか?そういう言動をとることで、今まさにその病気を治そうとしている人たちが色眼鏡で見られてしまうことにいい加減気がつくべきじゃないだろうか。

特別な病気じゃない。「ビタミンが不足したら風邪をひいた。いちど風邪ひいたら風邪ひきやすい体質になっちゃった」ってこととなにも違わないぞ。

違わないのだから、今、その病気であることも何も問題はないんだ。ただの病気なんだから、治せばいいんだよ。

風邪と同じで、またなってしまうかもしれないけど、また治せばいいんだしね。

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http://files.posterous.com/user_profile_pics/1020921/pico.jpg http://posterous.com/users/4aGe7y1kU8rn MACHIDA Hideki matchy MACHIDA Hideki
Tue, 02 Aug 2011 08:51:00 -0700 仕事について http://www.matchy.net/63572531 http://www.matchy.net/63572531

例えば◯☓式のアンケートをぽんと渡されて、机の引き出しからペンを取り出してそれにささっと答えて返す。当たり前だけれど、机の引き出しにペンを用意しておく必要があるし、アンケートに答えられる知識なり経験なり見識を持っていなければならない。そして、多くのひとはそのアンケートの設問をつくることができないので、自分が答えるべき設問から自分が考えなければならない。

いつも同じ設問と回答で済む場合もあるし、そうでない場合もある。そのためには、当たり前にできることを増やさなければならない。

仕事って、いやもしかして、「暮らしていく」ということは、そういうことなんじゃないかな?

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http://files.posterous.com/user_profile_pics/1020921/pico.jpg http://posterous.com/users/4aGe7y1kU8rn MACHIDA Hideki matchy MACHIDA Hideki
Mon, 13 Jun 2011 09:32:09 -0700 原発を止めたいのならやるべきことはひとつしかない http://www.matchy.net/57036964 http://www.matchy.net/57036964

震災、そしてそれに伴う原発事故。
どうやら門外漢がてめえ勝手に自説を開チンするのが今のハヤリ病のようだ。
ならば、おれだってとっぴなことを言っても許されるのかもしれない。

まあ、そんなハナシだと思っていただくとして(w

そもそも、原発のある村はなぜ田舎なのか。なぜその田舎は原発を受け入れるのか。
それに対して、いささかセンセーショナルすぎるきらいはあるけれども、ある程度説得力があるような気がしたのが次の記事。

「多くの場合、人口減少で税を課せる人口が少ない町は、喉から手が出るほど金がほしくなってきます」と、電源三法を研究したパーデュー大学の政治学者ダニエル・アルドリッチが言う。

原子炉の寿命と共に交付金が減り続けると、自治体は新しい原子炉建設を受け入れる圧力にさらされる。アルドリッチが言う。「地元自治体は最初の原子炉から得た金の使いっぷりに馴染み、そして2番目、3番目、4番目、5番目の原子炉が同じ金の使い方を続けさせるのです」

(via ニューヨーク・タイムズの話題記事を完全翻訳 「原発依存を助長する日本の文化」  | 経済の死角 | 現代ビジネス [講談社])

そもそも、史上最悪と言われているチェルノブイリだって事態収束にこんな長い時間を要さなかったときく。そして、なぜ日本の原発は1ヶ所に1つのみならず、第2、第3と複数の原子炉があるのだろうか。

それに対するひとつの見解が上の記事である。もちろん、当然、最初の原発が建つときには反対する。しかし、その最初の原発がもたらした「メリット」があまりに大きすぎたため、第2第3を受け入れる、いや、むしろそれを作るように行政に対して働きかけるようにすらなるという説である。

...えと、これはまた別の記事。こちらは原発とはまったく関係ないが、海がないため原発とは比較的無縁な長野県の人々にとっても、あまり無縁とは言い難い記事である。

 「その街にしかない」「その街に行かないと、アレがない」、というものが無い街は潰されてしまう。「ローカル」なものをどんだけ保っていけるかで、街の勝負がつく、ということなんだよね。 極論で言えば「ローカルなものにしか、価値がなくなりつつある」んですよ、世界では。

ところが「ローカルであり続ける」ためには、一定の人口密集が必要なんです。

だから、大都市だけがローカルのまま踏ん張ることができ、郊外や地方都市は急速にグローバル化してしまう。

(via 結局、街はローカルが勝ち! - Chikirinの日記から)

人口密度の低いローカル都市は、「ローカルであること」すら獲得できない。ゆえにグローバルとなり、どこへ行っても同じ景色になるか、その景色すら獲得できない地域はスラム化するのかもしれない、というハナシ。

リンク先の写真をみて、あああ、これつい最近、いやここ10年ぐらい、自分の住んでいる地方都市に増えている景色だよなあと思わないだろうか。

 本題に戻る。

そもそも「原発をなくしたい」という主張を、首都圏でイベントして行うことはある程度の意味があるのかもしれない。
しかし、「そうでない選択をした地方、むしろ放置すれば過疎地になってしまっていた地域に住む人々」に対して、それはなんの救済でも提案にもなっておらず、むしろ無意味な糾弾をしているのかもしれない。

だったら、まず、首都圏から出るべきなのではないだろうか。
いや、そんなことを強要するのは一方的に原発反対を唱えるのとかわりのないことなのでとりさげさせていただく。

むしろ、「地方に住む」選択をした僕達が、地方の人口密度を高め、本来の「ローカルであること」を維持する体力を獲得するべきなのかもしれない。

それは「地域活性化」という市民運動なのかもしれないが、なんとなく団体行動が苦手な僕にとっては 違和感のあるコトバではある。

それはたぶん、「こうあるべきだ」というような議論はどうでもよくて、もうてんで勝手に、アウトプットをしてしまえば良いのかもしれないなあと思っている。
質が高ければもちろん良い。質が低くても「あんなヤツがあんなことしてるなら、自分のほうがもっとおもしろいことができる」と思われるのもまた良い。 

そしてそういう「ムード」が高まることによって、なにかを「しでかしたい」ヒトに、必ずしも首都圏や大都市でなくても、あの田舎でもおもしろいことができるんじゃないか?と誤解してもらうことが重要なんじゃないだろうか。

地方の、特に田舎といわれるところが、それぞれにローカルであり続ける可能性を持たせるか、さもなければいさぎよく廃棄するか、つらかったり険しいことだけれども、その決断を促すことなしに、単に信条というか「気持ち」の問題で、原発をなくすことはできないところに、このクニの僕等は来てしまっているのではないだろうか。

本当に原発を止めたければ。

なにをするべきか。少なくとも、大都市でデモをすることではないんじゃないか。
と、おいらは思う。 

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http://files.posterous.com/user_profile_pics/1020921/pico.jpg http://posterous.com/users/4aGe7y1kU8rn MACHIDA Hideki matchy MACHIDA Hideki
Wed, 16 Mar 2011 02:33:00 -0700 秋山郷の矢櫃村の檀(やびつむらのまゆみ)伝説 http://www.matchy.net/46146780 http://www.matchy.net/46146780

2011年3月11日、東北関東大震災が発生した。現在もなお事態は進行中である。

この震災では長野県では唯一、下水内郡栄村が被災している。関係各位には深くお見舞いを申し上げます。実はいちども行ったことがないので、落ち着いたらぜひ観光にお邪魔したいなと。

さて、栄村は「秋山郷」といって、非常に雪深い秘境である。

国内では珍しく焼畑農業がおこなわれていたとか、平家の落ち武者の村であるとか、県内他地域とは少々趣の異なる伝説が残っている。以下はそのひとつ。

天明三年(1783年)、浅間山が噴火し、信州全域に飢饉が発生したとき。
秋山郷には僻地ゆえに援助の手も届かなかった。
噴火による日照不足のため、草も木の葉も生えない有様であった。
不思議なことに、矢櫃村の御神木の檀の木だけは葉をしげらせていた。
村人たちは、その葉を分かち合ってどうにか生きながらえていた。
季節は秋になり、檀の葉も少なくなった。
村人たちは互いに譲り合い、自分からその葉をとることはなくなった。
若い者は年寄りに、年寄りは子に譲り、しかし、誰一人としてその葉を食べるものはいなくなった。

そして、矢櫃村は全滅したそうである。

今また秋山郷が困窮を極めているとき、ふもとの我々は、我先に食料や燃料を買い漁っている。
それは、たぶんきっと間違っていると思う。

関連
参考資料

 

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Sun, 06 Mar 2011 07:22:00 -0800 卒業と携帯電話 http://www.matchy.net/45102116 http://www.matchy.net/45102116

一昨日、上田のジャスコに行ってみたらば、フードコートになんかけばけばしい化粧のセーラー服の女性の一団がいたので、「なんだこのビッチの群れは?」と思ったら、なんでも高校の卒業式があったそうで...あ、そうですか....。

さてフードコートの片隅で、やはり卒業式をしてきたのであろう高校生のカップルが座っていた。

どうやら下の階で彼女の携帯電話を買ったそうで、彼氏が箱から出したり、説明書を読んであーだこーだと言ったり、一生懸命に彼女に説明していた。

この日、高校を卒業して、おとなになったふたりで、新しい携帯電話を買ってきたんだなぁ。

なんてことはないことだけど、ちょっといいな、と思った。

ご卒業おめでとうございます。

 

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http://files.posterous.com/user_profile_pics/1020921/pico.jpg http://posterous.com/users/4aGe7y1kU8rn MACHIDA Hideki matchy MACHIDA Hideki
Sat, 05 Mar 2011 08:55:00 -0800 小諸の町にハッシュタグのぼりがはためいた日 #soba7now http://www.matchy.net/soba7now http://www.matchy.net/soba7now

Soba7now
長野県小諸市に、「そば七 (そばや七良右ヱ門)」というお蕎麦屋さんがあります。

えーと、正直ひとことで言い表すのは非常に難しいお蕎麦屋さんです(ぉぃ。

「蕎麦」というものにある一定のコダワリを見出すとこうなるでしょう!という、めちゃくちゃコダワリのお蕎麦を作られているお店です。もしかしてそれとは別のこだわりをもっているひとには、違和感があるかもしれない、それほどにコダワリをもっていらっしゃる、とても本格的で個性的なお蕎麦屋さんです。

ワタシがこのお蕎麦屋さんの存在を知ったのは、やはり Twitter でした。フォローさせていただいているひとが、なにやら親しいご様子。おいらもある親戚が小諸に住んでいて、定期的にいく用事があるので、行ってみよう!と思ったのがはじめてのそば七体験でした。

その後、別に当人どうしというよりは、なんだかわからないけど、なんかいろんな意味で影響をうけてしまったようなのです。その顛末はこちら。

http://www.facebook.com/qrtnz/posts/181552505214958

「小諸」という街は、おもしろいところであったりします。歴史も文化もあるのに、長野新幹線が停車しなかったことによって、歴史が変わってしまった。

正反対の意味で街が変わった「佐久」というところもあります。ほんとにねぇ、認めたくはないけれど、地方都市になにかがおきるのは、なんだかんだいって、そこを地盤とする田舎政治家の影響力だったりするようで、閑話休題

そんな田舎でも。

そんな田舎だからこそ。

「毎月ついたちはついったーの日」と、非常にわかりやすいルールで、遊ぶネタを作ってくださった方が、近くはないけれども、遠くないところにいる。

しかも、それが満1周年なんだ。

どうにかしよう!おもしろいだろ!これがもし万が一、「興味ない」のだとしたら、それはどうなんだ?なぁんなんだ!と、おれは思っただろうし、実際思っています。事実としては、そんなことどうでもいいことなんだけどね。

それについて、屁理屈をこねることはいくらでも可能だけど。

あのとき、あの場所に、いなければならぬと思ったひとが、オレ以外にもいるのだとしたら。

「こわいわーお互いwww」とだけは申し上げておきましょう!!!!!

地方にだって。

おもしろいことは、発生し続けているんだぜ!それはおもしろいひとの周りにだけな

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http://files.posterous.com/user_profile_pics/1020921/pico.jpg http://posterous.com/users/4aGe7y1kU8rn MACHIDA Hideki matchy MACHIDA Hideki
Sun, 20 Feb 2011 08:33:00 -0800 ツイッターで長野灯明まつりを遊びました! #ntomyo2011 http://www.matchy.net/ntomyo2011-0 http://www.matchy.net/ntomyo2011-0

Aqcve
今年で8回目となった「長野灯明まつり」。照明デザイナー石井幹子氏によって信州善光寺が1週間強にわたり五色にライトアップされるというイベントでございます。

で、せっかくやるなら楽しみたい、だからといってメインスタッフのお手伝いするほどパワーはない、オフ会やってもいいよね?でも、オフ会が苦手な人や都合があわない人でも楽しめるものがいいなーと。

いうことで、『ツイッターで長野灯明まつりを遊ぼう!』という企画を勝手に提案させていただきました。

まあ簡単なハナシ、灯明まつり行ったらミンナ写真撮るでそ?そしたらツイートするでそ?そんときに、ハッシュタグを #ntomyo2011 に統一しようや、ってそれだけのハナシ。そうすればハッシュタグで検索して、みんなが撮った写真が集まるじゃない?と。そんだけ。

というわけで、総数158枚!完成した写真集はこちらです!→ http://hashalbum.com/ntomyo2011

スライドショーでみるとさらに圧巻!→ http://hashalbum.com/ntomyo2011/slideshow

画像共有サイトの関係で写真集に含まれなかったものについても、いちおーTogetterにまとめてあります。

Togetter → http://togetter.com/li/97551

ツイートした方、しなかった方、灯明まつりに行った方も行けなかった方も、みんなでつくった写真集でお楽しみくださいねっと♪

ツイッターではなんというか、オフ会というか、リアルに会うことが醍醐味みたいな雰囲気がありますね。もちろんワタシも「現実と地続きである」ということは前から言っていますが→ 続Qrtn 21粒目

しかし、やっぱりリアルで知らないひとと会ってなにかをするのには抵抗のあるひともいるし、実際そうすることによって事件や問題が発生することも多々あります。特に、どうやらツイッターは地域活性化と相性が良いと思われているようですが、本来なら顔を合わせることもなかった「近くに住むひと」と摩擦がおきてしまったときの煩わしさはただことではないんだろうと僕は想像しています。

そもそもツイッターのフォロー関係って、そんな面倒なものじゃないんじゃないか?そんな面倒なものは、実際の家族や友人や学校や職場で充分だよねぇ?と。

リアルと地続きではあるけれども、だからといってリアルに縁をもつことを強制するのは息苦しい、だから、気楽に、リアルなイベントを、顔を知らないどうしでも、知らないままでもリアルに楽しめる、もちろんリアルに会えばそれもまた楽しい、そんなことができたらいいなと思っているのでした。このあたりは昨年開催した『信州全域 #naganomi 祭り』の時から一貫してワタシが主張していることでもありますが...。 

実際、今回はいつもツイッターやリアルやその他でやりとりさせていただいている方々の他にも、まったく存じ上げない方はもちろん、ツイッターではからむけれどもリアルなオフ会などには関わってこられない方にも参加していただきました。ちょっと僕は感動しています (トシのせいか感動体質になってきた...ww

というわけで、今回のお遊びもたいへん楽しませていただきました。

写真ツイートしてくださった皆さん、ReTweet などで拡散してくださった皆さん、ありがとうございました!

本企画とは直接関係ないけれども、Facebookに非公式ページを作ってくださったSEKI, Mitsuoさんもお疲れさまでした!

そして、昨年からこれまた非公式ながら灯明まつりを支援するためのツイッターアカウントを運営されている新井和弘さんもありがとうございました!

さて、次はなにして遊びましょうか...

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Sun, 30 Jan 2011 06:54:00 -0800 その事件はリアルタイムで映画化された〜ソーシャル・ネットワーク http://www.matchy.net/41440757 http://www.matchy.net/41440757

さて、先日映画『ソーシャル・ネットワーク』をみてきた。そろそろネタばれありで感想を書いても良いかな?ということで...。

『ソーシャル・ネットワーク』は、世界最大のソーシャルネットワークサービス (SNS) 『Facebook』の創業について、社名及び個人名を実名で、かつ実際にあったとされることがらをベースとして作られたフィクションである。

例えば劇中マーク・ザッカーバーグが彼女にフラれたことをきっかけに新しい Web サービスを立ち上げているが、実際には確かにとある女性との喧嘩がきっかけにはなっているそうであるが、当時付き合っていた彼女とは現在も交際中なのだそうである。

なので、この映画はあくまで「物語」であるとしてみないとわけのわからないことになる。そこは注意が必要である。実在する事象、人物が実名で登場しても、だ。

そもそも Facebook は他の Web サービスと比べて非常にリアルタイム性が高い。もちろんゆっくり使うことも可能ではあるが。

自分の投稿にコメントがついたり「いいね!」されたりすると、画面上部の「お知らせ」のところが赤く通知される。それをクリックするとすぐ該当する投稿に移動して、返事を書く。しばらくするとまた赤い通知が..という感じで、チャットとはまた別の意味でものすごいスピード感のあるコミュニケーションが行われる (もちろん、チャットもある)。

そういう意味で、Facebook やザッカーバーグの映画を、今、Facebook が急成長しているという事件になっているこの時にほぼリアルタイムで作ることに大きな意義があったのではないだろうか?彼らが隠居したり亡くなったりした後では遅すぎる。

本当ならこういう実名の映画は、それが本人たちへの取材を伴わないフィクションであればなおのこと、名誉毀損とかそういう訴訟になる可能性があるので、存命中に製作されないことが多いと思う。しかし、今これをあえて作り、公開し、Facebook 側も「事実ではない」と声明を出しながらも事実上公開を黙認している。これこそが Facebook の性格をよくあらわしていると思うし、あまり例のない「事件」がおきているといえるのではないだろうか?

ラストシーン、いろいろあってすべての「友達」を失ったマーク。世界最大のソーシャルネットワーク運営者であり、世界でもっとも Facebook 上に友達が多いであろうマークがリアルの友達をすべて失うというのは皮肉なラストだ (重ねて言うが、これは実在のマーク・ザッカーバーグではなく、物語の中のマーク・ザッカーバーグである)。その彼が、最初にフラれた彼女に Facebook で友達申請をして、画面をリロードしながら赤い通知が点灯するのを待ち続けている...。

これは、寂しいラストでありながら、上に述べたように多くの Facebook ユーザーが実際に通知がつくまで画面をリロードするという操作をした経験があるのではいだろうか?この物語は、まだまだ進行形であり、続いていく事件であると想像させるエンディングであった。

また、この映画は物分かりの良い、老獪で真摯な弁護士達の視点で描かれているわけであるが、最後に2年目の新人弁護士だけはマーク青年のことを理解できそうな兆候を示す。つまり、あのシーンは、老人達には理解できないマーク青年が、決してモンスターではなく、人とのつながりを求めている普通の青年なんだと、ということを示していたのではないだろうか。

これまでに、少なくとも僕は前例を知らない、まったく新しい映画が作られた。と、そう感じた。
これは名作だ。

蛇足だが、この映画は米国の学校社会におけるジョックスとナードの階級差別の存在を踏まえておくとよりおもしろいかもしれない。これまた実際に米国で起きた事件をもとに製作されたドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』もみておくと、この映画の背景がいろいろと想像できるだろう。

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Tue, 25 Jan 2011 01:28:00 -0800 ツイッターで長野灯明まつりを遊ぼう! #ntomyo2011 http://www.matchy.net/ntomyo2011 http://www.matchy.net/ntomyo2011

2011年2月5日(土)~2/13(日) 各日の夕方18:00~21:00の間、信州善光寺一帯が 五色にライトアップされる「第八回長野灯明まつり」が開催されます。

 

公式サイト→ http://www.nagano-toumyou.com/

 

ツイッター上では有志である @n_toumyou さんが昨年より「長野灯明まつりを盛 り上げよう!」とご活躍されています。

 

んで、参加企画というか観覧企画というか考えました。 今年の長野灯明まつりに行ったらば、もちろん大変美しい景色を写真に撮らずに いられなくなる! 写真をとったら、「#ntomyo2011」というハッシュタグをつけて、がしがしツ イートしよう! これだけです!(ぇ

 

Hashalbum というサイトがございまして。

ハッシュタグ付きの写真ツイートをアーカイブしてくれんですね。

これを利用すると、こんな感じで皆んなが撮った写真をアルバム風にみれるわけ です!

http://hashalbum.com/ntomyo2011

 

さらに、ここのページだと簡易ながらその写真がどれだけ見られたががランキングされるわけです。

http://hashalbum.com/ntomyo2011?list_type=popular

 

というわけで、せっかく灯明まつりで写真を撮ったらツイッターで皆んなに見せ びらかそう!というお遊びをしてはいかがでしょう。

ワタクシは千曲市なので毎日は現場に行けないので、それこそ皆様の撮られた写 真をたくさん拝見したいです。

 

そんなわけで、ぜひぜひお願いいたします! 長野灯明まつり全般については、上記オフィシャルサイトを参照されるか、 @n_toumyou さん (有志) にツイッターではなしかけてみましょうね♪ なお、長野灯明まつり全体のハッシュタグは昨年より「#n_toumyou」が提案されています。そちらもご参照のこと。

 

ご注意

Hashalbum が認識する画像共有サービスは以下のものを確認しています。

以下のサービスは認識しないので、ご注意ください。

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Wed, 19 Jan 2011 07:54:00 -0800 信州型事業仕分けでわいわいやろうの会はわいわいできたのか #NaganoShiwake http://www.matchy.net/naganoshiwake http://www.matchy.net/naganoshiwake

そんなわけで、信州型事業仕分けでわいわいやろうの会は大成功だったのである。 

 

まず、須坂市民ポータルサイト『いけいけすざか』運営 NPO 法人信州 SOHO 支援協議会さん (以下、いけいけすざかさん) による USTREAM 中継のアーカイブはこのあたり。

 

[長野A班、松本D班]

http://www.ustream.tv/channel/naganoshiwake1

[長野B班、松本C班]

http://www.ustream.tv/channel/naganoshiwake2

 

そして、当日のツイートを集めたアーカイブはこのあたり。

 

[長野]

http://togetter.com/li/89927

[松本]

http://togetter.com/li/89940

 

まずはいけいけすざかさん達の中継映像の素晴らしさ。長野会場にお手伝いに行かれたさくったーさん有志と松本会場にお手伝いに行かれたあずみったーさんも、あまりにいけいけすざかさん達の手際のよさに、片付けぐらいしか手伝 うとこなかったとか....?

 

そしてツイート。

初日の出だしはやはりいけいけすざかさんのスタート宣言から、当方なりあずみったーさん、さくったーさんが引っ張りだす感じではあったものの、そのうちに現役の県議さんやその他議員候補さん、県職員さんや市町村職員さんまで #NaganoShiwake」というタグを使ってくれるようになって、そしてこの「信州型事業仕分け」の発端であるあべ守一長野県知事もこのタグ付きで1ポストのみであるが参加してくれたのである。

 

最終的に、USTREAM 中継のユニークユーザー数は4,000人を超えたそうな (余談だが、この記事に対する信濃毎日新聞社の元記事が見当たらなくなってしまったのはなぜだろう?)。

また、仕分け作業を運営された構想日本の方が総括で、「これまで事業仕分けをやってきて、このようにTwitterで仕分け内容そのものについて活発に議論されていた例はない」(要約) という旨のことをおっしゃられていた。

 

ええ、正直僕は感動しました。

 

Twitter のほんとうのおもしろさは、140文字なんかでお互いの気持ちなんかわかるわけがないこと。

顔も知らない、気持ちもしれない相手と、お互いの様子を感じながら、できることを合わせていって、最終的におもしろいことをすること。

 

最初に、長野県から中継を依頼されたいけいけすざかさん、当然「予算は?」と聞かれたそう。で、ゼロです、と。

常識的に考えれば、ふざけんな!構想日本に払うギャラがあってこっちにねぇたあなにごとだ!と思うところ。

しかし、やってしまうわけです。なぜなら、おもしろそうだから。

おもしろそうなら、やらないわけにはいかない。

 

売名行為?

それを批判するなら、まず売るべき名前と手段を獲得してからするべきだな

 

だから僕達も、黙っておれなくなった。

おもしろそーじゃん!やるしかないじゃん!

 

まあ結局僕は Twitter 上での事前告知と初日のツイート誘導 (#NaganoShiwake タグつけてーという呼びかけ) ぐらいしか役に立たなかったんだけどね。

 

少なくとも、僕はそんなこんなでとても感動的であった。

リアルに集まらなくたっていい。

リアルに集まったらもっといい。

お互い仲良くなくてもいい。

仲良くない同士が同じ話題で協力できればもっといい。

 

「信州型事業仕分け」の目的は、国の事業仕分けのような、極端な経費削減のために行われたのではなく、県民や県外のひとびとに、長野県の県政がなにをしていることに興味をもってもらうことが目的だったと現知事は選挙のとき言っていたハズである。

 

パフォーマンスだ?

そんなことはないさ。

お祭りだよ!

 

事業仕分けを行うことそのものの良し悪しなんてどうでもよくて。

事業仕分けの内容の良し悪しなんかもどうでもよくて。

 

あのとき。

いろんなひとが、いろんな意見を言って。

関係ないくだらないことを言ったりして顰蹙をかうひとがいて (オレだ!

顔も素性もしらない人たちが、同じ時間を共有したこと。

そしてなにより、構想日本のひとや、長野県外のひとが、「長野県のひとはすごい」「長野県がおもしろい」って言ってくれたことが、痛快だっただろう?

 

僕は、#naganomi とか NSEG とか、naganonews とか、地域ったーにもちょっかい出したりしたけど、「Twitter ならそれができるんじゃないか?」と思っていたんである。仲良しグループを作ることが目的ではなくて。

 

僕自身はほとんどなにもできなかったけれど、それを目撃する機会を作り、また、実際に行動してくださった、いけいけすざかさんをはじめとした皆様に、感謝します。

 

ありがとう

 

 

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Mon, 27 Dec 2010 07:59:00 -0800 『信州型事業仕分けを観ながらわいわいやろうの会』開催概要 http://www.matchy.net/37606945 http://www.matchy.net/37606945

2011年1月15日(土)及び16日(日)に行われる長野県の事業仕分け「信州型事業仕分け」の生中継を観ながら、ツイッターでみんなでわいわいと遊ぼうという企画です。

県政について真剣に議論したり意見を言うもよし、揚げ足取ってかしこぶるもよし、小ネタで笑いをとるもよし、センスがあれば話の進行にあわせてなにか宣伝するもよし...もちろん、変なこと言って顰蹙買ったとか恥かいたとか、一切ワタシは責任とりませんがw

全国的にも注目度が高いであろうビッグイベントに便乗して、みんなでゆるゆるにお祭りをやろうという塩梅です。

ご自宅から USTREAM 中継を観ながら、みんなでオフ会のように集まってわいわい言いながら、ケーブルテレビ中継を観ながら、ハッシュタグ #NaganoShiwake をつけて遊びましょう。もちろん、みんなのツイートを観ながら仕分けの模様も観られる USTREAM 中継がおすすめです!

もちろん長野県外の方の参加も大歓迎♪

長野会場編 (長野県庁)
2011年1月15日(土) 9:00〜17:00 (予定)
松本会場編 (松本合同庁舎)
 2011年1月16日(日) 9:00〜17:00 (予定)

USTREAM 中継チャンネル
※USTREAM 中継は @ikeikesuzaka さんを中心とした有志によって行われます。長野県から委託料等はいただいていないそうです。スポンサー絶賛募集中!のようです。

それぞれてんでに盛り上がれば盛り上がるほど、信州人である僕等はもちろん県外の皆さんにも長野県への興味が高まるかも!

参加できそうなかた、そうでないかたも、こちらのページの「count me in」をクリックして賑やかしていただけるとうれしいです!

Plancast
長野会場編:http://plancast.com/p/3bj0
松本会場編:http://plancast.com/p/3bj1

ではでは、皆様よろしくお願いします。

 

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Mon, 27 Dec 2010 06:13:00 -0800 信州全域 #naganomi 祭りから1年..そして #NaganoShiwake へ http://www.matchy.net/naganomi-1-naganoshiwake http://www.matchy.net/naganomi-1-naganoshiwake

さて、だいたい1年前、Twitter を拠点として、信州全域 #naganomi 祭りというイベントをやりましたな。覚えてらっしゃいますかね?はじめて聞かれる方はこちらの音声をお聴きいただければと。

Twitter は、その昔のパソコン通信や2ちゃんねる等の Web BBS、日本型 SNS の mixi 等などと比べると、根本的にユーザーどおしの意志の疎通がしにくく、また、まったく知らないひととフォロー&フォロワー関係になる風土から、ひととひととのつながりが非常に緩いというか、まあはっきりいえば浅いわけです。

しかし、だからこそ、そういう繋がりを深めにくいツールでおもしろいことをしようとしている人たち...いや、書き直すと「おもしろいことができる人たち」が集まっていたわけで。

そうすると、ある疑問が生まれるんですな。

たかが Twitter ごときの知り合いどおしで、オフ会なんてできるのだろうか?

いや、自らものごとをおもしろくしていくタイプの人たちの集まりなんだから、意外におもしろいことがおきるのではないか?

そうして「Twitter のオフ会」というものが発生したと僕は認識しています。

そんな流れの中で、信州各地でそれぞれが同時多発にお祭りをやろう!という「信州全域 #naganomi 祭り」を執り行ったのでありました。そもそもそういうものなので、以下の点に重きをおいていました。

  • その集まりで今後も仲良くしていきましょうなどという面倒くさいのはイヤだ
  • ネットワークからおきたイベントなので、オフに来れない方、自宅から Twitter で見てる人たちにも参加してもらって、みんなで楽しめるようにしよう

特に後者は重要。なぜなら、リアルに顔を合わせておもしろ楽しい人というのは全然普通であり、リアルに会えないのにおもしろおかしいことができるひとはものすごくおもしろいひとといえるわけで、そういう方にオンオフのこだわり無く参加してもらうのが本来あるべき姿だから。

さて、そんな楽しい時間は過ぎ去り、さすがに変化の早い Twitter、1年前と今ではまったく様子が変わっているのでありました。

というわけで、せっかくそろそろ1周年だけど、私は特になにかやろうとは思いません。むしろ、今の雰囲気だとオフ会のようなものをやることに、1年前のようなワクワク感はないというか、むしろ「今リアルで会っちゃダメなんじゃね?」感のほうがあります。もちろん、Twitter をきっかけに普通にリアルな知り合いになった方はリアルの知り合いなのでその限りではありませんが。

むしろ、この変化を踏まえて、さらに新しい遊び方を探したほうが正しいのでは?と思うわけで。いつまでも同じことをしてたら、それこそ陳腐なパーティになってしまう。

というわけで、あれからほぼ1年後の2011年1月15日及び1月16日、違う遊びを提案します。

題して『信州型事業仕分けを観ながらわいわいやろうの会長野会場編松本会場編

これは、長野県須坂市の市民ポータル「いけいけすざか」を運営されている方が、なぜかノーギャラで長野県の「信州型事業仕分け」を USTREAM 中継することになったと。それはつまり「信州でおもしろいことをしたい!」という情熱がそうさせているんだ。すげぇ!かっちょいい!おいらも参加したい!でもその日リアルにお手伝いにいくのはどうやら難しい!ということで、なんらかの形で支援というか、オレにも遊ばせろということなのであります。あ、もちろん USTREAM 中継は広告スポンサー等も募集されているので可能な方は金銭的なご支援も大歓迎なハズですがねww

えーとつまり、信州型事業仕分けの USTREAM 中継や、まあケーブルテレビでもいいけど(汗)、それを観ながら Twitter #NaganoShiwake というハッシュタグをつけて、みんなでわいわいあそぼうぜ!という企画です。ただそれだけ。

県政について真剣に議論したり意見を言うもよし、揚げ足取ってかしこぶるもよし、小ネタで笑いをとるもよし、センスがあれば話の進行にあわせてなにか宣伝するもよし...もちろん、変なこと言って顰蹙買ったとか恥かいたとか、そんなものは一切ワタシの知ったことではありませんなw

難しいこと言っても良いし言わなくても良いし、せっかく「長野県の事業仕分け」という話題性の高いイベントがあるのだから、それをネタに、いや、単なるきっかけでも良いので、みんなで Twitter であそぼー!ということです。もちろん、Twitter は公開された場なので、みんながみてるそこでなんらかの目立つことだってできてしまう!センスの良いひとはきっとおもしろいことを言うでしょうw<ハードルあげるな

たしかあべ守一長野県知事も、選挙の時「事業仕分けは県民に県政に関心を持ってもらうために行う」というようなことをおっしゃられていた気がするので、全然問題ないというか、むしろそれを体現するわけでねww

...実はワタクシ、初日の長野編の日出勤日なので、言い出しっぺのクセに参加できない可能性が高いのですが、言い出しっぺが必ずしも参加しなくても良いはず。何人かいれば楽しくすることは可能ですしね。

というわけで、皆様よろしくです。

 

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Wed, 03 Nov 2010 08:37:00 -0700 大人の言うことを信用しないお爺ちゃんのはなし http://www.matchy.net/32373697 http://www.matchy.net/32373697

先日、ある有名なジャーナリストの方がゲスト出演されたラジオ番組の Podcast を聴いた。当方があまりTVをみなくなったせいもあって久々にお声をお聴きしたのだけれども、まあなんというかずいぶんとお爺ちゃんになられたなぁという印象を持ってしまった。失礼。

で、こんなようなことをおっしゃられていた(要約)。

子供の頃、学校で「欧米は戦略戦争をしておる。悪いのはイギリス、フランス、アメリカであり、アジア諸国を開放し、護るために日本は戦争しているんだ」と教えられた。しかし終戦後、同じ先生が「今まで日本がしてきたことは侵略戦争だった。悪いことだった」と言い出した。

信頼できないというよりは、困惑した。それが原点である。

今でも新聞やTVの言っていることは正しいとは限らない。少しでも信頼できる情報に触れ、発信するために自分はジャーナリストを続けている。

とても素晴らしいことをおっしゃられているのだろうけど、なんか引っかかるものを感じた。もう結構なお爺ちゃんになられた方だけれども、今でも「大人の言うことは信用できない」と言っている子供のようだなあと。いや、それが良いのか悪いのかはよくわからないけれど。

別の話。「子供ができてはじめて親の気持ちがわかる」ということをよく言う。不肖ワタクシですらそう思うことあるし。

「若い頃は特に知らない人が困っていてもそれほど具体的にどうこうとは思わなかったが、人の親になってはじめて親身になることができた」という話もきく。本当なんだろうか?

「相手の気持ちになって考える」というのはとても大事なことだろう。しかし、相手と完全に同じ境遇でない以上、相手の気持ちを理解することは不可能なのも事実。それを踏まえた上で相手と接したり、必要ならば援助したりということも大事だと思う。「相手の気持ちはわからない」と思っている子供、「子供ができて人の痛みが云々」と言っている大人、どちらがその距離と近いのだろうか?いやこれは単純に疑問。

「親の気持ちがわかるようになった、親になった自分」が正しくて、「親の気持ちがわからない、親ではない子供」は正しくない、というのもよくわからないはなしである。

子供が親の気持ちをわからないのは当然だし、子供でなくなった親が子供の気持ちをわからなくなっているのかもしれないし。つまりは「相手の気持ち・立場を想像する」「相手に感情移入する」ということがお互いに大事なのではないかと思う。そのためには多くの物語に触れるというのが大事なことになるのではないかと思う。これは余録。

話を戻す。

「日本は正義の戦争をしている」と言っていた先生が「日本は悪いことをしていた」と、言うことが正反対に変わった。それで、困惑したと。まあ困惑はするだろうけれども、その話をきく子供は先生以外に親やその他の大人、そしてなにより世の中が大きく変わった瞬間を体感したのではないか。であれば、先生の言うことが変わったことに理由があること、先生の考えが変わり、それを表明しているのだということに気がつくのではないだろうか。もちろん、低年齢の子は理解するのは難しいかもしれないけれど、「なにか事情があったらしい」と察することはできるではないか。

結構なお爺ちゃんになってもまだ「大人の言うことは信用できない」と言っているように見えるその方は、とにかく間違ったことを言ってはいけない、発言に極単純な一貫性がないと許さない、そう言っているような、ちょっと怖いなぁという印象を持ってしまった。

情報を受け手が処理できない、だから間違った情報は流してはいけない、そんな、不寛容な世界はいやだなあと、薄気味悪く思ってしまった次第。あれ?い、いや、まだそんな社会になっては....??

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Fri, 28 May 2010 06:38:00 -0700 Plancastを使ってみよう http://www.matchy.net/plancast-17 http://www.matchy.net/plancast-17
Twitter発のリアルイベント (ツイオフ) を行うのはもはやあたりまえになってきた感がある。まあ某ドラマのような古めかしい出会い系オフ会は正直勘弁いただきたいところはあるが(苦笑。
そんなわけで、「こういうイベントやるから参加者募集ー!」とやるサイトもいくつかあるので、簡単に比較&ご紹介させていただく。

主に勉強会やセミナーの告知に使われているようである。
日本のサイトなのですべて日本語表示であり、特に戸惑うところもない。
また、これはTwitterありきのサービスではないので、Twitterアカウントのない人でも参加可能であり、こくちーずサイトにユーザー登録の必要がないので、参加希望者の心理的敷居もひくい。
イベントにコメントをつける機能はない。

英語サイト。
Twitter、Facebookいずれかのアカウントでログイン可能。
イベントに対するコメントをTwitterにクロスポストすることも可能 。ハッシュタグ連携あり。
イベントに参加可能なヒトは「Yes」、無理なヒトは「No」、参加できるかどうかわからないヒトは「Maybe」として参加態度の表明が可能。

英語サイト。
Twitter、Facebook、Google Buzzいずれかのアカウントでログイン可能。
イベントに対するコメントをTwitterやFacebookにクロスポストすることも可能 (Buzzは?)。ハッシュタグ連携あり。
イベントに参加可能なヒトは「Yes」、無理なヒトは「No」、参加できるかどうかわからないヒトは「Maybe」として参加態度の表明が可能。
こくちーずは元々が勉強会用のようなので?特定のサービスに依存していないのは良い。しかし、コメントをつける機能など、CGM的な部分は少々弱い感じ。

tweetviteとtwtviteは非常に似通っている。「Maybe」という、「まだどちらとも言えない」ひとでもとりあえずにぎやかしには参加できるし、コメント機能もあるのでツイオフには適していると思う。

しかし、ここにもう1つ似たようなサービスをご紹介しよう。その名も「Plancast」。これも上の3つのように、イベントの主催者が告知したり参加者を募ったりするのに使える。
しかし、Plancastの本髄はそこではない。
名前がPodcastに似ていることに気がつかれただろうか。このサービスはつまり、「自分の予定を公開する」ものなのである。
例えば「オレ○月○日、どこそこへ映画観にいくよー」とか、「○月○日、なんとかいうイベントにオレも参加するよー」という感じ。主催者でなくても一向に構わない。
そして、「おー、そんならオレも行くー」「行くかどうかわかんないけど人数にカウントしといてー」と「count me in」をクリックして参加態度を表明する。
あきらかに最初の3つより機能は少ないが、利用目的が違うのである。
これは当方の勝手な意見であるが、正直最近「ツイオフ」が多すぎて、少々嫌になってきたというのがある。
「○月○日に呑み会をしよう、幹事は誰それで参加者は何人だから、お店を予約して...」という会社の忘年会みたいのもたまには良いけど、あまり続くようだと「たかが Twitter なのに面倒臭いなー」と思ってしまうのは、当方だけだろうか?
Plancast は、単純に「オレこの日にここで呑んでるよー」というだけである。興味があるなら「じゃあオレも行こっかなー」というだけである。その程度のノリなので、実際にその方が来なかったとしても大してショックでもない (ハズ?w)。
また、自分が主催したり幹事ではないイベントやツイオフに参加する際にも、「オレこれ行くよー」というと、「あー、実はオレも行くんだよねー」という感じの、非常に軽いノリのものなのである。
これはいかにも Twitter 的発想で、気軽で良いじゃないか。
というわけで、Plancastは単なる告知、参加者募集サービスではなく、そういう緩いつながりというか、ヒトとヒトの疎結合を広げるライフスタイルを支援するサービスなのである。
というわけで、これを読んだあなたも使ってみてはいかがでしょーか。

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Fri, 28 May 2010 06:35:00 -0700 食卓の醤油壜 http://www.matchy.net/19383382 http://www.matchy.net/19383382
誰か:「オレはきっと早死にするね。トシとってまで生きていたくねーや」
当方:「そうかい?オレはたぶん死なないよ。憎まれっ子世にはばかりまくり」
誰か:「そうか、お前は細く長く生きるんだな」
当方:「いや?俺は太く長く生きるんだよ。最初から細く長くとか、太く短くとか思いこむ必要ないっしょ?」
誰か:「でもそうはいかねーだろ」
当方:「俺様の生命線をみたまえ!」
誰か:「!!!」
 
というのが当方の持ちネタのひとつとしてありましてな。別に手相でなにがどうなどと思っていないけど、まあネタにしやすい生命線が生えているのでw
 
でまあしばらく前までこれやってたんだけど、最近ちっと使う気がなくなってきた。
 
今の世の中で「成功者」とみなされるのは「お金を稼いだヒト」であり「有名になったヒト」である。死後有名になったヒトもいるけど、それは「偉人」であって「成功者」ではない。
 
実は当方は「成功者」になりたいとは正直思わないんだけど、どうやら「そういう人達」と自分は違ったらしいというか、自分はフツーに凡人だったんだなあと自覚する年齢になったということは言えそうである。
 
別に悔しいとかそういうんでなくて、「あ、凡人だったんだオレ」という感じ。
 
そう考えると、あれ?もう半分ぐらい終わってるね。この先どうすんだろうねオレ?と、なんとなく思ってしまうのである。不安なわけではなくて、終着地に立ってる旗が見えてきたかなぁと。諸先輩方に怒られそうだけどw
 
なんでもない、ただ食卓に醤油壜がのっていることと同じぐらい当たり前なんだけどね。
 
あなたのご主人やお父様が、食卓の醤油壜をぼーっと眺めているとき、実はそんなことをなんとなく考えているのかもしれない。
 

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Mon, 17 May 2010 08:06:00 -0700 ぺちゃくちゃないとNAGANO Vol.12に出てみた http://www.matchy.net/nagano-vol12-0 http://www.matchy.net/nagano-vol12-0

2010年5月15日、D&Depertment Prroject NAGANO by coto にて行われた「ぺちゃくちゃないとNAGANO Vol.12」というイベントに、あつかましくもプレゼンターとして出演させていただきました。

そもそもこのイベントはデザイナーや建築家や、アート方面のクリエイターの皆さんのイベントであって、本来場違いな上、この前日に本業の方で予定外の出張が入り、まったくもってプレゼンのリハができておらぬ状態で、とりあえず「20秒ってどういう間隔だ?」という感覚だけ体にインプットしてほぼ100%その場でテキトーにしゃべった有様で、当初思っていたことの半分も言えなかった惨憺たる内容だったのですが、やっちまったものは仕方ねぇということで、その模様はこちらで公開しています。

Twitterからはみ出した「リアル」(表)

この1年強、Twitter上で長野県ではどんだけおもしろいことがあったのかということをご紹介させていただきました。写真等快くご提供いただきました@atohiroさん、@katsuehandaさん、@suno88さん、@mizu_yoshi0829さん、ありがとうございました。

そして、許可無く利用させていただきました(苦笑)、これまで#naganomiに参加された皆さん、@sb_7さん、さくったーの皆さん、D&Depertment Prroject NAGANO by cotoの方々と常連の方々、NSEGの皆さん、ありがとうございました。

また、その他にも勝手にアイコンを引用して登場していただいた方々がいます。御礼申し上げます。

正直、昨年のぺちゃくちゃないとNAGANO Vol.8を観覧させていただいた際に、「なんだこれ?自己紹介大会なのか?」という違和感を感じたので、もし自分が発表するなら、そのカタチから外したいと思っていました。

今回は、私の発表というより、Twitterの私のTLでこの1年に楽しませていただいた皆さんのご紹介のつもりという、異色のプレゼンにするつもりだったのですが、いかんせん準備不足で「なんかまくしたててるけどなんだかわからない」プレゼンになってしまったと反省しております。

そしてぺちゃくちゃないとNAGANOスタッフの皆さん、正直勘弁してくださいww。

この後、突発リアル#naganomiまでやってしまいまして、僕自身は大変楽しかったです。ありがとうございました。

 

 

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