11月 22

善光寺と冬の花火

勤務先用に書いたものの一部修正転載です。


 

hanabi

先月10月の末は「ハロウィーン」ということで、東京渋谷の街が仮装した方でたいへんな人出だったそうですな。

長野はなんだかんだいって、東京から3年ぐらい遅れて「はやりごと」がやってきますので、今年はそろそろかな?と思っていたのですけど、そうでもなかったようです。

いい年をした若者がコスプレをしてわいわいしているので、なんなんだこれは、そもそもハロウィーンの意味をわかっているのか、などと苦言を呈していらっしゃる方々もお見受けしましたが。

しかし、それを言っちゃあそもそもクリスマスだって、日本では東京銀座あたりで、会社帰りのお父様方がおねえさんとお酒を飲むお店で、年末のキャンペーンとしておこなわれたのが最初だという説があったりします。

というわけで、宗教的、民俗的なおまつりなのに、関係ないひとがうかれるのはどうかということを言われると、いや、いいんじゃない?おまつりなんてそんなもんでしょ?と、言いたくなってしまいますな。

信州善光寺のすぐ近くのあたりに「権堂 (ごんどう)」という地区があります。

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11月 22

善光寺ってどんだけ古いの?

勤務先用に書いたものの一部修正転載です。


 

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前回、 善光寺のご住職でさえも絶対にみることのできない善光寺の御本尊、ホントは存在しないんじゃないのぉ?という疑問に対して、その昔存在が確認されたことは あるのだということ、また、結構昔の古いものみたいなもんで、損傷がとても激しくて、うっかり外に出せないんじゃないかというおはなしをいたしました。

さてさて、それでは善光寺の御本尊というのはどんだけ古いものなのでございましょうや。

善光寺の縁起では、だいたいこのようなおはなしとなっているようです。

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11月 22

善光寺の御本尊て本当にあるの?

勤務先用に書いたものの一部修正転載です。


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台風19号が各地で猛威を振るったようですが、皆様ご無事でしたでしょうか。

どうも今年は自然災害が多いような気がいたしますね。被害に遭われた皆様にはお見舞いを申し上げます。

さて、随分時間がたってしまいましたが、前々回の続き。

来年の平成27年4月5日(日)から5月31日(日)までの日程で善光寺の御開帳と いうビッグイベントが開かれるわけですが、御開帳といってもホントの御本尊は見れなくて、そのレプリカ (といっても鎌倉時代に作られた由緒あるもの) の小指から紐で繋がった回向柱というでっかい柱にさわれる程度。そもそも善光寺の御本尊は、われわれ一般人だけでなく、善光寺のご住職さえも見ることがで きない絶対秘仏だというお話しをさせていただきました。

で、それって、ホントは御本尊なんてないんじゃないの?ないって言ったらエライことだから、あることにしてるんだけど、ホントはないんじゃないの?だから見せられないんでしょ?そら絶対秘仏だわ。

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11月 19

善光寺の地震と大なまず

勤務先用に2014年10月7日付けで書いたものの一部修正転載です。


 

去る2014年9月27日のお昼頃、長野県と岐阜県にまたがる御嶽山が噴火し、多くの尊い命が失われました。先日書いたとおり、来年行われる善光寺御開帳の話題を書くとしておりまして、どこかのタイミングでその昔の御開帳の開催期間におきた、善光寺地震についてお話ししようと思っていたのですけれども、このタイミングがいいのか、それともまたいずれとしたほうがいいのかと迷っているうちにしばらくたってしまいました。

善光寺地震とは、明治維新の21年前である1847年の善光寺御開帳が開催されているまさにその時に起きた大地震でございまして、マグニチュードは7を超えたと考えられているようです。

諸国からの参拝客でたいへんな混雑だった善光寺門前の宿坊・旅籠 (はたご) に直撃しまして、あがった火の手は3日も延焼したとか。

そればかりか、各地で山崩れがおき、なかでも先日話題にしました山姥の住む虫倉山とそのおとなりの岩倉山が崩れた土砂によって、戦国の古戦場として有名な川中島あたりに巨大な天然ダムができて一帯が水没、さらにそのダムが決壊して大洪水が起きたりと、最終的な犠牲者は1万人にもおよんだとか。

先の震災やこの度の噴火でも、皆様テレビ等の報道をご覧になって、大変お心を痛めていらっしゃると思います。

当時のひとびとも同じでございまして、それこそ日本全国から善男善女が大イベントに集っていたまっただ中に発生したわけですから、日本中でこの災害の様子を伝えるかわら版が飛ぶように売れたそうでございます。

そしてそれらのかわら版に、このように善光寺本尊大なまずのばけものを退治する絵がさかんに描かれたのだそうです。

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11月 19

来年は善光寺御開帳です

勤務先用に書いたものの一部修正転載です。


 

zenkoji

来年の話をすると鬼が笑うなどと申しまして、信州だけに笑うのは八面大王鬼女紅葉かというところもありますけども、今回はそういうお話ではございません。

来年、平成27年4月5日(日)から5月31日(日)まで、およそ2ヶ月の間、信州定額山善光寺において、御開帳が行われます。

これは数えで7年 (実際には6年) に1度だけ行われる、長野県有数かつ県都長野市最大のビッグイベントであります。

というわけで、まだはじまるまで半年少々あるわけですけども、少しずつ話題として取り上げていこうかという所存です。

「御開帳」と申しますからには、ご本尊を拝めるのかともちろん思うわけですけれども、善光寺式阿弥陀三尊と言われる一光三尊阿弥陀如来像は絶対秘仏となっておりまして、参拝客はおろか善光寺のご住職すら見ることは叶わぬものとなっております。

え?じゃあそれ御開帳じゃないじゃん。御開帳っていったいなにやるの?

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9月 07

八面大王にまつわる、もうひとつのおはなし

勤務先用に書いたものの一部修正転載です。

さて、長々おはなししてきてしまいましたが、信州の山姥のお話しの最後です。

八面大王とはどういう鬼だったのか?

最初に申し上げましたとおり、鬼だの妖怪だのと言ったハナシは本来はオカルトではないわけでして、鬼なんてものは実際にはいないわけです。

あいつは鬼のようなヤツだ」というようなものですし、最後は朝廷からの刺客に倒されたわけですから、なんらかの悪事を働いた者のことだったのではないかと考えられます。

大王わさび農場と同じく安曇野市にある穂高神社の縁起によると、義死鬼という東夷 (朝廷に従っていなかった他の勢力) を田村利仁 (坂上田村麻呂の別名) が討伐したということなのだそうで、なるほど、前回までのお話とだいたいおんなしですね。
  八面大王足湯1
 しかし、もう1つのお話が伝わっています。

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9月 01

金太郎の父、魏石鬼八面大王とは?

勤務先用に書いたものの一部修正転載です。

さて9月となりまして、長野市立博物館で開催されていた企画展「おばけ展~新信州七ふしぎ~」は終了したようですが、こちらの妖怪の話はまだ終わりません。というか、やっと本題に入ってまいりました。

大町市八坂村山姥の息子は金太郎であり、その金太郎の父親は安曇野の鬼「魏石鬼八面大王 (ぎしきはちめんだいおう)」らしい、というのが前回までのお話です。随分長い前振りでしたが、このようにまとめてみると実に短い(汗

このお話の初回でも書きましたが、金太郎とは大人になってからは「頼光 (らいこう)」こと源頼光 (みなもとのよりみつ) に仕えた「坂田公時 (さかたのきんとき)」でございます。

頼光とは、諸国で鬼や妖怪を討伐して朝廷の全国平定に尽力したひとであります。

その頼光に仕える四天王のひとりが坂田公時でありまして、この前書きましたとおり、京都大江山の有名な鬼「酒呑童子」を倒したなどと言われております。

このあたりは以前に「お伽草紙」というアニメにもなっておりましたな。頼光本人は病弱のため早逝してしまい、四天王とともに活躍したのはその妹だったというなんとも斬新な設定でしたけれども…。

それに対しまして、魏石鬼八面大王の地元安曇野に伝わるお話では、八面大王を討伐したのは坂上田村麻呂 (さかのうえのたむらまろ)。こちらも朝廷から派遣された武人でありまして、この方、時代が頼光や金太郎の時代より200年ほど前の御仁で、時系列が前後 してしまっておりまして、実はまったくハナシが噛み合わないのがご愛嬌なのですが、そこらあたりは人智の及ばぬものどもと渡り合うような方々ですから、タ イムスリップの1つぐらいしたんじゃないかというところでお茶を濁しておきましょう(オイ)。

で、まあつまるところこれはどういうお話なのか。

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8月 26

金太郎のおとうさんは誰だったのか?

勤務先用に書いたものの一部修正転載です。


さて、何度かご紹介してまいりました長野市立博物館の企画展「おばけ展〜新信州七ふしぎ〜」は今月末まででございます。
近隣にお住まいの方々はもういらっしゃいましたでしょうか。まだの方はお急ぎくださいね。
毎週土日には「霊犬早太郎」と「鬼女紅葉」のお話を紙芝居でやってくださっていたので、最終の30日、31日もたぶんやっているのではないではないかと思いますよ。
yokai_kamishibai
さてしばらくお時間をいただきましたが、山姥のお話の続きです。
山姥の息子は金太郎であるという話が日本各地に伝わっており、足柄山の金太郎さんはなぜか神奈川県だけでなく、どうやらいろんなところにいらっしゃったらしいということ。
大町市八坂村にも金太郎をだっこした掛け軸が伝わっておりまして、前述の長野市立博物館の展示による説明によると、どうやらその金太郎の父親も判明しているとのこと。その父親とはだれか?というのが前回までのお話でございましたね。その父親とは、信州安曇野の「大王わさび農場」のあたりに棲んでいたといわれております、「魏石鬼八面大王 (ぎしきはちめんだいおう)」という鬼なのだそうです。

大王わさび農場と申しますのは、1917年に開場された、100年に及ぶ歴史を持ちます、たいへん大きなわさびの農場です。わさびというのは大量のきれいな湧き水の中で育てますもので、大変美しい大きな川といいますか池といいますか、下の写真のようにとてもすばらしい景色です。

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8月 18

読書:戦前の少年犯罪

謝るなら、いつでもおいで」を読んだ翌日にまたもや佐世保で大きな少年犯罪が起きて衝撃をうけたということは先日書いた

それがきっかけで以前から気になっていた本書を読んでみた。「少年犯罪データベース」というサイトを運営している方が著者である。

一般的に「現代社会の問題」と言われている下記のような問題。

  • イマドキの子どもは昔と違って凶悪犯罪を起こすようになってしまった
  • 昔はひどいいじめなんかなかった
  • 学校の先生は立派で、学級崩壊なんてなかった
  • ニートは現代の若者病だ

これらは実はイマドキの問題ではなく、戦前~戦中にも存在していたばかりか、むしろ昔の方が多かったのだという事例を集めた本である。

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8月 14

山姥の子どもは金太郎?

勤務先用に書いたものの一部修正転載です。


さて、先日ご紹介した長野市立博物館企画展で、あらたに定義されていた信州の七不思議の1つが、山姥 (やまんば) でございました。

山姥というと深い山で道に迷った旅人をとって喰うオニババアという印象ですが、案外と山に住む子どもたちの守り神として扱われているケースもとても多いです。

たとえば長野市中条村の虫倉山には山姥にまつわる話がたくさん残されていまして、ざっとあげるとこんなカンジ。
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