食欲のパワー


2月9日はマンガの神様こと手塚治虫氏 (以下敬称略) の命日だったそうだ。

僕は今年41歳になるのだけれども、多分テレビとかで生前の手塚治虫というひとを観たことのある最後の世代になるんじゃないだろうか。

手塚治虫は自分自身をマンガのキャラクターとして自作の中にたびたび登場させている。例えば『バンパイヤ』ではモロに漫画家手塚治虫として、はたまた『ブラック・ジャック』では主人公のと学生時代からつきあいのある医師手塚として。

それらの作品に登場するキャラクターとしての「手塚治虫」は、総じて痩せ型の貧相な体格で描かれており、実物の手塚治虫を、いや僕も映像でしか見たことないのだけれども、みたことないヒトからしたら、手塚治虫は貧相な痩せ型のヒトだと思ってしまうのではないだろうか。

少し前にこんな記事が出ていた。

Business Media 誠:アニメビジネスの今:なぜ手塚治虫はヒット作を生み出し続けることができたのか (1/5)

手塚治虫はものすごいパワーで大量の作品をつくり、メシもたくさん食べるヒトであったというお話。

子供の頃、確か小学生の頃だったと思うのだけれども、テレビの中の手塚治虫というその人は、なにかものすごいパワーを放っているひとであった。体格はちょこっと太めかな?というぐらい。よく、ひとからオーラが出ているということをいうけれども、僕は基本的にオカルトは嫌いだということを前置きした上でなお、自分が今まで見た中で本当に「たぶんこのひとからはオーラが出ている」と思ったのは、今に至るまでこの人しかいない。

それはマンガの神様だからそう感じたのだろうと思われるかもしれないが、当時の僕は手塚作品などまるで読んだこともなく、たしか6歳上のアニキがジェッターマルスとかカラー版鉄腕アトムとかをみていて、ふーん、そういうひとがいるんだという程度の認識だったわけで、まったく神格化していたわけではない。

亡くなったというニュースをきいたときも、「え、あのものすごい雰囲気のひとでも死ぬんだ」と正直思ったものである。

それから10数年たって、ある日、まあ自分の知る限りそういうものに世界一興味がないであろう自分の母親に「手塚治虫ってひとがテレビに出てたのみたことある?あのひとっているだけですげーパワーみたいなのをまき散らしていたよね?」ときいてみたら、「ああ、確かになにかいるだけですごい存在感のひとだったね」と言っていたので、たぶん自分の先入観ではないと思う。

そうは言ってもあまり仲の良くない家族の証言だし、自分も同氏の死後それなりに手塚作品は読ませていただいて、ある程度手塚治虫というひとのものすごい作品群に感動したりしているので、あとづけで「すごかった」というイメージが増幅された面はあると思う。

そんなだったので、リンク先のように改めて同氏がものすごいエネルギーのひとだったということを述べている記事を読んで、ああ、あの印象はまんざら間違っていなかったなとちょっと安心した。

藤子不二雄Aの『まんが道』で、満賀道雄と才野茂が手塚治虫に初対面した際に、『来るべき世界』の千ページにも及ぶボツ原稿をみて、天才手塚治虫ですら完成作品の背後にこれだけのボツ原稿があるのかと衝撃をうけるシーンがあるけれども、それだけの量を書いていたというのもあながち演出上だけの話ではないと思う。

リンク先の記事でも言及しているけれども、映画監督の故・黒澤明氏はだいぶご高齢になられた晩年もとにかく肉ばっかり食ってたひとで、同氏にとって「バランスの良い食事」とは、いろんな種類の肉を食うことだったという逸話があるのだけれども、やはり似たようなことだったのではないだろうか。

そんなわけで、ものすごいヒトというのはものすごいエネルギーを摂取して、普段からそれを放出しまくっているのだろうなあと思った次第。まあそれというのも自分が珍しくダイエット中だからなんだけどw


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