スティーブズ (1)


もうすっかり過去の話になっちゃってるけれど、かつて「パソコン」の開発をしている人たちは変なひとばっかりだった。

それこそメーカーの開発部隊にも、本当はミュージシャン志望だったひととかがわんさかいたし、下請けにしても、昼間はラーメン屋さんで夜プラグラミングしているひととか、本業は有名出版社で有名雑誌の編集をしているのに、こっそり副業でプログラミングしているひととか、そういう人がわさわさいた。

わさわさいるのが普通だったのか、たまたま自分がいたあたりにそういう人が集まっていたのかはよくわからないというところはある。

そして、その頃、プログラムを作るというのは、ミュージシャンが音楽を作ったり、小説家が小説を書いたりすることと同じ、クリエイティブなこととしての意味合いのほうが高かった。と、ぼくは思っていたのだけど、これも僕の周辺だけのことだったのかもしれない。当時も今と同じようにナガノで生きていたので、あまり同じギョーカイのひとと交流はなかったのでよくわらない。

そして、そういう変なヤツらのトップランナーだったのがスティーブ・ジョブズ、スティーブ・ウォズニアック、ビル・ゲイツといった面々だったのは間違いない。

iPodからiPhone、iPad あたりのヒットから若くして亡くなって、なんだか時代の英雄的にまつり上げられて、うっかりすると、「ドラえもん」ののび太が父親からクリスマスに無理やりプレゼントされる「えらいひとの話」に載らんばかりにまつり上げられてしまったスティーブ・ジョブズだけれども、とにかく、むちゃくちゃに変人で、かかわるとすごい怖い目にあって、だけど遠くから噂をきくだけならこんな面白いヒトはいないという、そんな類のヒトだと思っていた。いや、たぶんそういうヒトのハズ。

このマンガ「スティーブズ」に出てくるジョブズは、たぶん史実に照らすとそんなに正しくないのだけれど、そんな「変人ジョブズ」のイメージそのままである。そうそう、こんな変なヤツがどうやらきっといて、自分たちもその狂ったような、かっこよくてかっこわるい、なんだかやけにおもしろいドラマの片隅の方にいるんだ、と、漠然と思っていた、そんなことを思い出させる。

だから僕は自分のことをエンジニアと言ったり、創造性ではなく生産性を問題にするプログラマーにはちょっとひっかかるものを感じる。まあそれはまた別の話題。

本作の原作者の方も、そんな時代に某メーカーのパソコン開発部隊にいらした方である。

今の視点でみると、ベンチャースピリット的な起業物語にみえるのかもしれないけど、なんというか、もうちょっと違うんだよね、とワシなんかは勝手に思うのだけれども、まあそれは年寄りの思うことなので、そういう視点でみるのももちろん良いと思う。

テック業界に特に興味ないや、という方にも、70年代後半から現在まで脈々とつづく今のアメリカの源流にある、とあるヒーロー達の熱血前日譚と思って読むと、かなり楽しめるのではないだろうか。

 


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