おっさんになってわかったこと


海のない長野県に住んでいる僕が子供の頃、スーパーなんてものがまだめずらしい田舎に住んでいたので、「お刺身」というものはご馳走だった。

自分がまだ就学前だったと思うけれども、父親が1度、自分の友達かなんかを自宅に招待して、その時に母親に連れられて、大人の足で片道30~40分歩いた先にある、八百屋のような魚屋のような、なんでも屋さんの腕の立つ大将に豪勢な刺身の盛り合わせを造ってもらって、それをまた30~40分以上歩いて持って返ってきた記憶があって、それは豪勢な食い物なんだなあと思った記憶がある。

もちろん、そんななので、実際に自分が「お刺身」というものを食う機会はそれよりしばらく後だし、はじめて赤身のマグロの刺身を「さあ食え」と出されたときは、原色の食い物が気色悪くて断固として拒否したことを覚えている。

大人になると、そんな風に自分の意思でごちそうを食べるのだと思っていた。

そんな僻地に住んでいたものだから、父親だけでなくそのうち母親も自動車の免許をとって家族で乗り回すようになった。これは我が家だけのハナシでなく、イマドキの長野県の家庭は、どこの家も成人であれば自動車免許を持ち、1人1台自動車を所有しているのが普通だ。

ヘタをすると、電車やバスのような公共移動機関を利用したことのないひとも少なからずだったりする。

大人になると、自動車を毎日運転するのは当たり前なのかと思っていた。

10代の頃は、自分は20代半ばぐらいまでしか生きていないのではないか、20代の頃は、せいぜい40代なんじゃないかと刹那的なことを思うこともマレにあった。しかしそれは実感を伴うものではなく、ガキが刹那な退廃主義的思想として、たまにふと思う程度のものであった。

結婚して何年もたったら、オジサンとして浮気のひとつもするのだろうかと思っていた。
パチンコに行ったり宝くじを買ったりするのかと思っていた。
会社帰りに赤ちょうちんな焼き鳥屋に寄ったりするのかと思っていた。
係長さんとか課長さんとかになると、お給料があがって、家族が喜ぶものだと思っていた。
テレビで野球とか観るようになるのかと思っていた。
社会の時事問題について語るのがかっこいいのかと思っていた。

20歳になったときも30歳になったときも、特に感慨はなかったのだけれども。

このたび、40歳になりまして、まーいろいろと体調も良くなくて。

ああ、どう頑張ってもあと40年ぐらいしかないのかと思うわけで、それは今まで刹那に思っていた時間より明らかに長いにも関わらず、有限であるという事実が間違いのないこととして実感を伴いはじめたわけで。

そして、今になっても高いカネ払ってまで分不相応なものを食いたいとはまったく思わないし、むしろメシに使うカネがあったら違うことに無駄遣いしたいと思うし、オヤジとなるとそうそう無駄遣いもできないし、そもそも子供の頃と相変わらず自転車でチャリチャリ生きているし。

つまり、結局のところ、おっさんになっても実は大して変わらなくて、時間が減っていくだけなんだなということを知った。

大人になるのは良いことだ。背が伸びれば小さいときより見えるものが増えるし、手が届くものも増える。

でも、それだけなんだということがわかって、とてもせいせいした。
エラそうなひとにはなりたくないなと思っている。


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