『おおかみこどもの雨と雪』はとても大きな映画だった


あらかじめ申し上げておきますが、ワタシは「泣ける映画は良い映画」だなどとはまったく思っておりません。

ええ、みてきました。『おおかみこどもの雨と雪』。7/22、封切りの翌日に。

観た直後の正直な感想は「しばらくこれについて語りたくない」でした。


ここだけ切り取ると楽しめなかったのかと思われてしまうかもしれませんが、まったく正反対です。はっきり言えます。これはとてつもない傑作です。

実はこの感想も、5回以上書き直していたりします。5回以上書きなおしてこんな感想なのかよ!と我ながら思うポンコツぶりですが、どうもいろいろな意味でこの映画を形容する語彙が僕には不足というか欠如しているような気がします。

いろんなことの、なんというか、大変ざっくりした言いようでアレなんですけど、この作品によって時代が大きく変わったということを強く感じます。

ワタシはまったく門外漢なので勝手な想像ですが、いろんな意味で新たな基準を作ってしまったように思え、今後アニメーションを創る方はきっと大変なんじゃないかと想像します。

よくカンヌ映画祭とかで「上映終了後スタンディングオベーションが云々」なんてのを文章で読んだり実際映像でみたこともあるけれども、あれはお国柄であったり、映画祭という作品を評価する場であるからであったり、まあそもそもそこに製作者がいるからこそそういう反応になるのかなと思っていました。

んが、これを見終わった後、誇張でも比喩でもなく、とにかく心から拍手が出そうになりました。いやさすがにいいトシのおっさんがアニメ映画を見た後にひとりで拍手してたら変だよなーと思って自重しましたがね。

アニメーション界の大御所もそんなコメントを出されているので、シロートのアタシがただ言っているだけより少し説得力あるかもしれないのでご紹介しておきます。あ、ワタシは殊更にガンダムのファンということはありませんので念のため。

富野由悠季:「おおかみこどもの雨と雪」を異例の大絶賛 – MANTANWEB(まんたんウェブ)

例えば映像について。雨粒をはじめとしたいろいろな水の描写やら、風に吹かれて背景の草花が揺れる様子とか、もちろんアタシはアニメそんな詳しくないけれども、今まで見たことないようなびっくりする映像が盛りだくさんでした。しかし、この映画についてそこを褒めるのはなんか違う気がします。

同じように、とても魅力的な登場人物ついても、ストーリーの好きなところやちょっと変だな?と思ったところも、そのどれを語ってもこの映画全体から見たらひとつひとつは瑣末なことに思えてしまうのでした。

かわいらしいデザインの登場人物とやわらかいタッチの絵から、子供が観るアニメーション映画と思ってしまうかもしれないけれども、そもそも細田守監督の映画は「時をかける少女」以降それほど小さい子を対象としているわけではないんですな。

主に絵的な印象でこの『おおかみこどもの雨と雪』は、子供と動物が出てくる子育て的なことをテーマにした無害なお涙頂戴な映画なんでしょう?と思われるのも無理はないです。

んが、そうであって決してそうでない。

泣かすためだったらもっとぐいぐい泣かすことはできるのに、ほどほどなんですよ。

「泣かすためのぐいぐい」に慣らされているひとがこれを観たら、いまいち盛り上がらないとかドラマちっくでないなどとすっとんきょうなご指摘をされるかもしれない。

はっきりいうけど、激的なものが劇的であるなどというのは既に物語としてレガシーなんだと思いますがね。作り手の言いたいことをどん、と受け手に提示して終わるような、そんな単純な「おはなし」を作っているわけではないと思うわけです。もちろん、そういうおはなしが悪いと言っているわけではないことはお間違いなく。

なので、前作『サマーウォーズ』もそうだったんだけれども、すべて1から10まで徹頭徹尾提供側からすべて提供されるものをただ受け入れるだけの受動的な映画体験がお好きな方には、半分ぐらいしかおもしろさがおわかりになられないかもしれないなと。もったいないことに。

ストーリーでもっと泣かすことはできるだろうけど、それはしてない。だってそれじゃあストーリーだけになってしまうし、語りたいことはストーリだけではないし、実際ドラマとは日常にあふれているものであり、刺激的であることばかりが必ずしもドラマとなるわけではないわけです。

実際にこの映画を観て感想を言いたくないなと思ったのは、どこを褒めても貶しても、それはこの映画のほんの一部にすぎなくて、まあそれはどんなものでもそうなんだけれども、観終わった後に「こりゃあすげえ!」と思ったのは、どこがどうとかじゃなくて、「こりゃなんだかとてつもなく大きなものを観てしまった!」という感無量な思いでいっぱいになったからだったりします。

例えばこの主人公のおかあさんは「いいおかあさん」だけれども、細かいところを見ていくと少なくとも「おかあさんのカガミ」ではない。だってそういうハナシではない。

じゃあなかなかうまくいかない子育ての共感を得ようというハナシか。そういう面もあるけどそれだけでもない。

田舎暮らしや自然回帰なハナシか。それだって要素の1つであって、それがメインテーマじゃない。

日常というのは感動して涙をながしてすっきりと終わるものではないし、最悪とは激的な結末が起きて終わるものでもなく、ほどほどに悪い状態が延々と続くことが「最悪」なわけで、そのことは震災とその後の事象を今現実に体験している僕達多くの日本人は既に知っているわけです。

そしてそのように日常を描いているということは、むしろ突き放した現実観を描いているとも言えるのだけれども、しかしこの作品には驚くことに、いやむしろ当然なのか、絶望がまったくないのですな。幸せも、つらい現実も、正しいことも間違ったことも、むしろ現実ではない骨董無形なことも含めて、あらゆることを強い意志で肯定している作品。

おはなしを激的にするなら「よくないこと」をことさら悪辣に描いて、それが解消されるサマを描けば良い。しかし世の中はそんな単純に白黒つけられるものではない。だから良いことも悪いことも「ほどほど」。だからこそ、「おはなし」だけを描いているわけではない。

とにもかくにも、いろんなことがたくさんあるけれども、生きていくということは、なかなかいいものなんじゃないか。と、ひとことで言ったら、そういう映画だと思います。稚拙な感想ですが。

大きな震災によって少なからぬ価値観が変革している最中である今だからこそ語る必要のある普遍的な物語なんだろうと思います。

おとうさんやおかあさんがいるひとといないひとと、息子さんや娘さんがいるひとといないひとと、恋人や友達がいるひとといないひとにおすすめです。

あまり第三者が絶賛していると、これから観ようと思っていたのにシラけてしまうかもしれませんが、是非ご覧になることをおすすめします。小さいお子さんにはちょっと退屈かもしれませんのでご注意。

願わくばこの世界が、この映画を多くの人が受け入れる、優しくて強くて思慮深き世界であらんことを。


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