「魔が差す」の連鎖


この夏は飲食店やスーパー・コンビニ等で、バイトの若者が冷蔵に入り込んだり不適切な行動をしている様子を撮った写真を自らTwitterに投稿し、騒動になるといったことがとても多かった。

なんとゆーか、なんだか気持ちが悪いというか、薄気味が悪いなあと思ってみていた。

いや、そういう「不適切な行動をとる若者が」ではなくて、そういう者達は「低学歴」で「田舎者」で「ネットのことをわかっていない」、つまりカシコイ自分達とは別の世界に住む者達だと線引をした意見がとても多かったことがだ。

正直言うと、僕なんかも悪ノリは大好きなので、なにかひとつ間違ったら彼らと似たようなことをしでかしてしまうのではないだろうかという不安がないわけではない。それは僕が低学歴の田舎者だからだと言われれば返すコトバもないのだけれど。

僕は、彼らは「魔が差した」のだと思う。

そういうことをしでかすと大問題になってしまうだろうということは、落ち着いて考えればわかることであるにもかかわらず、なぜかその時はそこまで考えがまわらずに「やって」しまった。

やってしまった後に「関係ないヤツが騒ぐな」とスジの通らない抗弁をした者もいるというハナシもあるようだけれども、それにしたって「わかっていない」というより、他人から非難されれば反射的に自己防衛するためにわけのわからんことを言ってしまって余計事態が悪化するということはよくあることで、実はどれだけ破綻したことを言っていようが「自分は悪くない」と、自分自身を護ろうとしての言動なので、コトを起こしたときよりむしろまともな心理状態だったりするのかもしれない。

これら一連の騒動の特徴は、「魔が差す」の連鎖というか伝播が恐ろしく早く強力だったということだろう。それがインターネットもっと言えば Twitter のパワーなのかもしれないが。

例えば有名人が自殺すると後追い自殺するものが増える。
猟奇的な殺人事件が発生すると模倣犯が増える。

そういったものと同じなんだろうと思う。
ある日 Tiwtter で食品店の冷蔵庫で寝転んだ写真を投稿し、炎上している騒動をみかけた。あーあ、バカだなコイツ、俺はこんなことしないよと思っていたはずだ。でも、深層心理にその写真の光景が記憶される。

そして、ある時仲間内でハメを外して遊んでいたときに、ふと同じ過ちを犯してしまう。バカなことだとわかっていたハズなのに。

たぶん、そんなカンジなんじゃないだろうか。

むしろ怖いのは、「魔が差す」の「魔」がインターネットを使って驚くべき早さで自らの眷属を増やしまくっていることである。もしそうなら、なんだかヘタな吸血鬼よりコワい。夏も終わりだというのに無理に怪談じみたハナシにする必要はありませんがね。

震災の少し前から感じていたことなのだけれども、なんとなく世界が「感情的」になってきているように思う。かつてインターネットが共有していた情報は思索だったのだけれども、それよりも情緒が共有されることが多くなってきているからなのかもしれない。

それは例えば震災発生直後に「東京ディズニーランドであまり関心しない行動をとっていると思ったらその反対でとても良いことをしていた女子高生達」みたいなハナシがどわーっと共有されるのと表裏一体なんじゃないかという気がする。そのハナシが事実がどうかは知らないけれど、正直僕はあの時「なんだか気持ち悪いハナシだなあ」と思ったことを白状しておく。

そして、バカなことをする人たちは自分たちとは違う種類の人間なのだ、という線引きをする言説がすぐに湧き上がることにも不気味さを感じる。

たぶん、前の「戦前」もこういうカンジだったのだろうなあと、なんとなく妄想してしまうのだけれども。


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