また音楽が聴こえにくくなったのだそうだ


最近個人的にモダンジャズのお勉強をしておったのだけれども、1942年~1943年の米国において、権利料の問題でミュージシャンがレコーディングストライキに突入し、ビバップ初期の音源がほとんど残されておらず歴史の空白ができていると同時に、著作権料の発生しないクラシック音楽のポピュラー化が進んだという。

たぶんいまの日本の音楽市場はそれと同じようなことが起きてもおかしくないというか、事象は違うけれども音楽の録音物が衰退しかねない、危機的状況にあるんじゃないかと思う。

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賛否功罪いろいろあるが、これによって録音された音楽コンテンツの流通消費量がこれまで以上に減少衰退するであろうことは想像に難くない。

でもね、だからといって提供側からなにかコトは起きないに違いない。オリコン年間チャートがAKBと嵐ばっかで、ミュージシャンがファンから顕著に見限られているというのに、徒党を組んで活動するのが反原発とクラブでのダンス規制という有様だからね。

そんなことをしている間に、新しい音楽を見限った「音楽好き」たちは60年代からそれ以前のオールド音楽を求め始めていて、まあこれは世界多発的に起きている現象なんだそうだけれども。もっとも、AKB と嵐とアニソンしか聴かない日本人に大人向けのプロの音楽はいらないのかもしれないが。

まあ結局のところ、チャートに載るような音楽をそもそも聴かない少数派、しかもイナカに住む者としては合法・違法にこだわっていたら気に入ったものと接することはできないということはこれまでとなんら変わりはないし、逮捕されてもつまらんのでヤバいことは隠れてこっそりやるべということもなにも違わないわけで、どっちでもいいといえばどっちでもいいわけだけだけれども。ああ、もちろんこんなのはヤンキー気取りのイナカモノの妄言ですから、本気にしちゃあいけませんよ、関係当局各位。

そういう意味では、チャートを構成するものが CD の売上で良いはずもなく、実は CD という媒体というよりは『レコード』そのものが音楽の流通手段として不確かなものになりはじめているわけで、それはそれで僕らが生まれる前の時代まで立ち戻ったのかもしれず、なかなか愉快そうだなと思う反面、情報も物流も少ないイナカ在住である当方にとってはツラい時代にもなりつつあるのかもしれないが、よく考えらた今までだってそうだったわけで、たいして変わらない。もちろん、チャートに載っているような CD ばかり売っていた CD 屋がばったばったと滅んでいくのも当然の摂理なんだけれども、ではその摂理に反した品揃えの CD 屋ができるのか?どうやらこのイナカの方にもいくつかできてはいるようなのだけれども、生きていくには自らなぜそうしているのか、メッセージを発する必要があると思うのだけれどもね。ああこれは閑話休題。

まあそんなこんなで、自分に関して言うと、ここ最近まるで学生の頃に戻ったかのように音楽を聴いているのであった。そして明らかに聴く対象の音楽は学生の頃とは変わっているので、微弱ながらもそれなりに購買力を行使しなければならない状況でもある。にも関わらず、世間には経済効果が発生しないっつーんだから、せんないハナシですやね。

まあはっきり言えるのは、僕は音楽を聴きたいのであって、世直しをしたいわけでも活動家になりたいわけでも選挙に出たいわけでもないのである。気の利いたミュージシャンがわざわざ徒党を組んで活動家めいたことをしないのもたぶん似たようなことなんじゃないかな。しらんけど。むしろ僕にとって音楽を聴くというのは子供の頃は大人やエライひとにイヤな顔をされて、同級生にも「なんだそりゃ」と言われながらウシシとするような行為だったのである。大人になった今だって、ウサギだかパンダだかの着ぐるみでデモ行進をしてる正義の味方とは無縁なハナシだ。

こちとらももう若くもない方なので、おもしろいものだけ相手にしたいわけで、丁度いいっちゃあ丁度良いやね。そんなわけで、今日は消費者から愛をこめて、音楽ビジネスとやらに供養碑をたてよう。


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