IT関係者マイルドヤンキーな故郷と邂逅す


これはなにかを主張したり否定するものではなく、単なる日記的なものである。と前置きさせていただいて。

実は先日6〜7年ぶりに中学の同級会に行ってきた。
その1ヶ月ぐらい前には、その時にも会った中学生の結婚式にも出席した。

頻繁にやっているのかどうかしらないが、この同級会、前回自分が参加した6〜7年前に開催されたものに参加したときは、自分は中学の同級生とは20数年ブリに顔を会わせたのである。

いろいろ楽しかった思い出も人並みにあると自覚していたので、大変楽しみに会場へ向かったのであるが、実際現場でかつての同級生たちと会ってみて仰天した。

誰がだれだかわからないのである。
なんとか思い出しても、その相手との具体的な思い出を思い出せないのである。
しかしどうやら相手は僕のことを覚えているようなのである。

うすうす自覚していたけれど、どうやらオレは「すごく薄情なひと」らしい(苦笑

とにかくめちゃくちゃアウェイ。自分の本業である IT のハナシは通じないし、相手のシゴトのハナシを聞く一方。さすがにイイトシな上にお互いのキャラクターも違うので、アニメとか映画とかのハナシもする気にならない。相手は覚えているようなのだけれども、自分は全然覚えていないので、ムカシバナシに花が咲いていても、こちとらは相槌をうつのみである。

いったいこりゃなんのハナシすればいいんだろと。

もともと自分は「良い思い出のあったクラス」だと思っていたので、結構なショックをうけて帰った。

自分は諸般の事情で中学卒業直前にその地域からは引っ越し、学校だけは遠距離で通っていたため、卒業後は中学の同級生とはほぼ縁が切れていた。

さらに、これはこのあたりだけではないみたいだえれども、中学の学区から世帯が転出したひとには市から成人式への出席通知が出ないそうで、そんなことは知らない僕は「成人式って19歳の年と20歳の年とどっちの時にでるんだろう?まあ通知がくるか」とぼんやりしていたら、結局通知も来なくていつのまにか終わっていたという有様であり、行政から成人と認められないままおじさんになった次第であるのだけど(苦笑)、つまりまあそのときも中学の同級生らと会う機会がなかったのである。

で、成人式といえば、近年「新成人が暴れるイベント」としてテレビやネットを賑わす風物詩だ。

特にネットには「IT業界寄り」、つまり「どちらかといえば頭脳労働をする」ひとたちが多く、そういうひとたちは「どちらかといえば学生時代はワルぶっていた」ひとたちと折り合いが悪かったりするケースが多いみたい。

で、こんな記事をみかけた。

成人式が荒れる原因は、偏差値によって分断された社会を、もう一度一緒に集える機会を設けてしまったことで、逆襲のチャンスになってしまっているという点が、本当の本質でありまして、ですから、これを防ぐには、成人式を階級別に開催するしかないと考えるわけです。 | 大石哲之ブログ

タイトルで言いたいことを言い切っているとても便利な記事なのだけれども(笑)、本文を読んでみると、タイトルで言い切ってまで注目を集めたいという気迫というか切実さすら感じられる、なんだかすごい記事であった。よくみればそういう記事をたくさん書いてらっしゃるキャラクターな方のブログなんだね。

もしかして僕も6〜7年前の同級会に参加しただけだったら、「確かにそういうとこあるよねー」と思いながらこの記事を読んだかもしれない。

先日の結婚式では隣のクラスだった方もいて、彼ら含めて「ああなるほど、これがマイルドヤンキーか」と、まあ正直思った。しかし反面、いまでも小洒落た彼らみて、「ああ、なんだかオレだけとしとってる」とも思ったのであった。

また、その後の同級会では、その時の結婚式で会ったひとが何人かいたせいか、とてもリラックスして参加できたし、むしろ今回はじめて同級会に参加した方々というのもいて、その人達はそれこそ成人式以来なので23年ブリとかで、前回の自分のように緊張されていたわけだけれども、「まーオレも前回そんなだったし」とえらそーに言ってあげたりなんかして。

同級会全体が「どっちかというとヤンキー」だった同級生達によって全体がまとめられて、たいへんなごやかな会となったのであった。

いわいる「スクールカースト」というか、ヤンキー、スポーツマン、勉強できる、それ以外みたいなセグメントがだいたいあって、劣等感を感じるセグメントにいたひとは、特に子どもの傍若無人さをふるまっていたヤンキー層のひとには今でもあまり良い印象がないというのはたしかにそうかもしれない。

僕が在籍していたクラスはそれこそヤンキーからそれ以外のひとまで、なんだか妙に仲の良いクラスであって、他のクラスのひとに「変なヤツらだ」と言われていたというのもある。もっとも昭和のド田舎のハナシなんだけどね。

さらにいうと、自分は「そのどの層とも関係あるようなないような中途半端なひと」だったわけだw

大人になってから、利害関係なく、今の付き合いではまったく接点のないキャラクターのひとと、「かつて同じクラスだった」という唯一の接点でまた会うことができるというのも、案外悪くないぞ、と、そのときはじめて思ったのであった。それはもしかしたら、故郷やその近くに住んでいるひとや、年に何度かは実家に帰ったりするようなひとにとっては当たり前すぎるほどに当たり前なのかもしれないけれども、地方に住み続けていながら故郷を失ってしまった僕のようなヤツだけが感じる感傷なのだろうか。

で、ワタシはご存知の方はご存知のとおり、そういう「楽しい集まり」の途中で「いつの間にかいなくなるヤツ」というキャラでありますので、この日ももちろんそのようにフェイドアウトさせていただいたのであった。そんなことをしているから各方面からお声がかからなくなるのかもしれないけれども、なにごともほどほどで中途半端に生きている僕は、そうしないとひとと別れることができないヤツなのである。そしてそれは「ああそうか、これって中学を卒業したときと同じだったんだ」と、今になって気がついたのであった。


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